「ゲェッ‥マジもんやんけ‥」

侑、口から声出てる。本音出てる。大きなビルを目の前にして、さっきまで減らず口だった二人の顔が急に固まった。なにそれ、そんなに分かりやすく固まることってある?流石東京、って言いたいくらいの高層ビルの中心にそれはあった。まるで美術館みたいな、試行錯誤を重ねたような美しい建物は、‥ちょっとばかり異空間みたいで入るのをちょっと躊躇ってしまう。うずうずしている体、丸見えですけど。べしっと二人の背中を叩くと全く同じタイミングで「やめろや!」って怒られた。さすが双子。

「なに?マジでずっと疑ってたワケ?」
「当たり前やボケ!」
「‥ここがビーマックスの本社ってホンマにホンマなんか?」
「わ、私だってそんなの知らないよ‥でもそう言うならそうなんじゃないの‥?」

永田さんは挙動不審の私達三人を連れて、装飾の施された建物に入っていく。有名なアーティストのポスター、アイドルのポスター、向こう側に見えるサングラスの人達。誰かは分からないけど、多分そういう業界で活躍している人達なんだろう。一般人とは違うオーラが身体に纏わり付いて、目も合わせにくいし顔も確認し辛かった。

そうやって建物の奥まできて、エレベーターで6階まで上がったところで扉が開く。応接室みたいなドアがいくつも見えて、その中の1つに手をかけた永田さんが「どうぞ」と中に促してくれた。真っ白な部屋には大きなアンプと、大きなスピーカーが2つ。奥には冷蔵庫や大きな印刷機まである。どうやらCDやiPod等から曲が聴けるように環境が整っているらしかった。すんごいな。

「お前らホンット買い慣らせない犬みたいだな」
「あァ!?」
「ちょっと侑やめてよ」
「おちょくるつもりやったんなら帰りますよ」
「あー悪い悪い、普通にちゃんとした話」

どかっとそこに腰をかけた2人は、側から見たら取締前のヤンキーみたいだ。でも、粗相の無いようにしてほしいとは思うけど、私も100%信じ切ってはない。鞄から色々な資料を取り出して笑う永田さんのその顔は、なんだかとても楽しそうだ。‥何がそんなに楽しいんだ。

「すげーやらしい話しなんだけど、能力とかそういうのはもちろん、そのメンバー構成がまたいいんだよなあ」
「メンバー構成?」
「後ろの2人は双子で、しかも関西弁男子。真ん中は女の子。しかもこれが結構可愛いのに、飛び出す声は超ハスキー。こんなの周りが放っておくワケないだろ?」
「やっぱこいつおちょくりにきとんのちゃう?」

鞄からノートパソコンやらなにやらを取り出して、かたかたと動かすその動きは所謂「出来る人」みたいな雰囲気である。持っている電子機器を駆使して何度かエンターキーを押すと、奥の印刷機からガーッと何かが出てくる音が聞こえてきた。どうやらそのノートパソコンとあっちの印刷機は連動できるようになっているらしい。すごいな、どういう仕組みなんだろ。

お客さんの前に出るようになって何度も言われていた。「双子がいるバンド」とか、「イケメンの双子」とか、「スリーピースに双子」とか。最初はそのイメージが強くって、侑や治に会いにきた女性のファンが多かったけど、ステージで歌い始めたら観客の目は全部私に向けられた。最初は緊張したけど、それ以上に高揚したし、感動だってした。そのうちに「双子」のイメージはなくなって、ちゃんとバンドとしての、「閃光」としてのイメージが固定されるようになった。‥多分永田さんもそういうことが言いたいのかなって。自惚れているみたいだけど、私達はそれくらい力をつけてきたつもりだから。

「おちょくってねえっての。‥いやホント真面目な話。全力でサポートするから日本中に聞かせてやりたきんだよ、お前らの音」

印刷機から数枚紙を取りに行った永田さんが、それを机に置いて頬を引き締めている。目の前には契約書が3枚以上ある。多分、全員用だ。

「改めまして、ビーマックスレーベルの永田涼です。お前らが売れるように全力で後押ししていきたい。だから、ウチでCD作らせてくれ」

普通、会社側から頼まれてCDを作る人なんているのかな。もちろん願ったり叶ったりだけど、本当に私達でいいのかなとも思ってしまう。そりゃあ出来る限りの力で頑張ってるつもりだけど、そんな風に下手に出られたら逆に不安にもなる。頑張ってきた結果だとしてもそう。机の下で作った握り拳が少し汗ばんでいて、冷たい。
ちらりと両隣を盗み見てみると、あれだけ文句を言ったりしていた2人は契約書を見つめたまま黙り込んでいた。やはりそういうのを確認してしまうとまた違うらしい。

「‥具体的な話、もっと聞いてもええやろか」

1番に声を上げたのは治だった。いつもだったら侑が我先にと発言するのに、まだそれだけ警戒しているということなのかもしれない。治はひっそりと熱を上げているタイプだから、ちょっとだけ吃驚してる。そんな治に頷いた侑が少し身を乗り出した。‥それはもちろん、私も同じだった。

2018.09.01