なんか暑いなあ。そう思ってのろのろと目を開けたら、すぐそこに肌色があった。吃驚したけどそういえばと思い出したら、私の背中に回っている大きな腕にも納得がいく。私、飛雄君に抱かれたんだった。いつの間に寝落ちていたんだろう。最後に覚えているのは‥いや、そこも覚えてないや。

「‥飛雄君、起きて」

今日だって練習がある。仕事はないけど、お昼からスタジオに行かなきゃいけない。それに、私は時間的に大丈夫だとしても飛雄君は?ぺちぺちと頬っぺたを叩いてみると、いつもみたいにうぬんと口をもごもごとさせている。もうちょっと。もうちょっとで起こせそうだ。頬っぺたを突いてぐにーんと引っ張ってみて、変な声を出して私の手を振り払うように飛雄君の顔が左右に揺れて笑っているとジリリとけたたましい携帯のアラーム音が鳴った。私のじゃなくて、飛雄君の。

「わっ」

アラーム音は彼の毎日のサイクルになっているらしい。鳴ったと思いきやカッと目を開いて、携帯にずいっと手を伸ばした。いつも何処にあるか分かっているような動作にぽかんとしてしまっていると、手だけで携帯を探していた飛雄君の目が私とかち合った。ぴたっと止まった音に思わず息を飲むと、2、3回ぱちぱちと瞬きをして口の両端がちょっとだけ上がった。

「‥ざす」
「お、‥おはよ‥」
「めっちゃ柔らけえと思ったら‥‥そうだよな‥」
「見なくていいです!」

なんにも身につけていない体同士が引っ付き合っているのだから当たり前だ。私の胸が柔らかい訳がない、っていうかそういうのはそっちだって分かっているはず。昨日あれだけ触ってたんだから今更そんな風に確かめなくても。

「‥取り敢えず朝飯食わねえとな」
「作るの?」
「飯炊いて味噌汁作る」
「私朝なんて殆ど食べないのにすごい」
「食べねえと体が起きねえだろ。その前に」
「へっ」

ベッドの中で徐に抱き寄せられた腰。上から近付いてきた飛雄君にそのまま唇をぱくりと食べられた。辛うじて掛け布団で体を隠してみたけど、するするとお腹の辺りまでなぞってきた手が掛け布団を外そうと試みているらしい。いやいや無理。カーテンの隙間からぴかぴか眩しい太陽の光漏れてるじゃん!昨日も恥ずかしいから無理だって言ったのに!

「ちょ、‥とびおくん、」
「昨日だけって言った」
「昨日の今日!だから!」
「ケチ」

ケチってなんだ。目元にちゅっと一瞬だけ触れて私から離れると、床に散らばった下着とシャツに手を伸ばして着替え出した飛雄君にほっと溜息を吐く。台所に向かった彼を確認して私も下着や着ていた服に手をかけると、iPhoneに何か連絡がきていないか確認して私も台所へ。飛雄君が料理とか、やっぱり想像つかない。

「今日は何時から?」
「昼から。でも朝飯食ったら少し走ってくる」
「それルーティーン?普通中々続かないよ」
「一緒に走るか?」
「今日替えの服持ってないけど‥んー、考えとく」

流し台に手をついて見ていると、適当に野菜室から出した野菜をざくざく切っていく手付きはちょっとだけ危いけどやっぱり慣れてはいるようだ。味噌汁に入れるのはキャベツとジャガイモとネギと、あと豆腐らしい。形も大きさもバラバラなそれらを取り敢えずお皿に分けて、ジャガイモから先に入れる様子は手慣れているのがちょっと主婦みたいで笑ってしまう。

「‥なんかいいな、こういうの」
「ん?どういうの?」
「なまえが隣にいるの、なんか良い」

なんか良い。‥っていうのが、飛雄君らしい。全然恥ずかしがっている様子がない彼とは裏腹に、私は顔面の緩みが収まりそうにない。そんなこと言われて嬉しくない筈ないじゃんか。ぐいと服の袖を引っ張ったら「なんで照れてんだ?」って首を傾げられた。いやだから、君のせいですけど。










「どーも永田です〜」

どこのふざけた奴かと思った。と、侑と治の声が重なった。懲りずにとまたスタジオまで現れたその人は、自称ビーマックスレーベルの関係者。ガチャガチャと機材を片付けている最中に思いっきり防音の扉を開けてきたのはスタジオのオーナーで、その後ろにまた、例の人がいた。

「‥勝手に入って来るんはどういう了見なんや?人としてなってないんか?」
「そういうな侑。正式にスカウトしに来たらしいから」
「はあ?」

侑の不機嫌そうな声に笑った永田さんは、相変わらずだなあとスマホを取り出した。なんやそれ、と治が口を開いた瞬間映ったのは、この間したばかりのライブ映像。ライブハウスの隅から隅までぎっちりと押し込まれた人の前には私達の姿がある。‥え、なに、この人本気で来てたの!?それに、なんだか得意げそうな様子はなんでだろうかと思っていると、ちょい聞くけど、とスマホを手渡された。

「ここ、キャパ何人入るか知ってるか?」
「に、200って聞いてますけど‥」
「じゃあ実際何人が来てたでしょうか」
「パンパンやったからな、それこそ200くらい来とったんちゃうか?」
「おー。じゃあ次、他のバンドの映像」

ぽち、と前の映像に切り替わった瞬間、あれ、とふと首が左に傾いた。‥何かおかしい。なんか、‥なかった隙間がちらほらと確認できる。なんでこんなに、

「別のリリイベなのに実質お前らのバンド見に来る為に外でチケットキャンセル待ってる客が大勢いた。‥で、閃光のライブが始まる直前までライブハウスの前に人が溢れていたらしい。分かるか?どうしてもお前ら”が”見たかった奴らがこぞって来てたんだよ」

だから実質客は250は超えてた。そう言ってほくほくと笑う。‥あれ、でも私が飛雄君に会いに出た時はもう外に人はいなかったけど。そう思っていたら、終演後物販を無くなる前に買う為、皆がライブハウスの中に残っていたらしい。そういえば物販完売だったもんな‥そういうことか。それに飛雄君すごい、ホント強運だ。

‥それよりもだ。それってとても凄いことじゃない?足が浮き足立って、背筋が震えた。腕に鳥肌が立って、思わず目を見開いちゃう。私達の音を聞く為に、‥楽しみにしてくれている人達が大勢いるなんて、それってすごく、気分が上がる。

「まだ俺のこと信じてないなら今から3人共本社に来い。これが夢物語じゃないってことを証明してやるよ」

ぐい、と親指で差した先に大きな黒いワゴン車が見えた。今だ不審者を見るような目が2人にはある。‥だけど、なんか、これを逃したら駄目な気がした。

「治、侑。‥今から時間ある?」

2018.08.01