暗転緞帳したステージで、私の声が響いた瞬間のスポットライトが好きになった。そこから見える景色に、毎度の如くぞくぞくと鳥肌が立つ。何度も出してもらっているライブハウス側は、もう私達がどういうバンドかなんて分かっているから、慣れたようにここぞって時に光の強い照明を当ててくれる。じいとこちらを見つめてくるファンの視線は、1人で路上をやっていた時とはまた違う熱があった。

こちらがギターを掻き鳴らせば、ライブハウスが湧いた。喉を震わせれば、ごくりと息を飲む様子が見えた。とても、楽しい。侑と治と作ってきたものが認められる瞬間は、いつだって心臓がはち切れそうなくらい嬉しくてたまらなかった。

「、」

少しだけ枯らした声には気付いていたけど、今はいい。次こそはちゃんと100%で歌えるようにするだけだ。ちらりとこちらを見た侑と、右手のスティックをくるりと回した治にちら、とアイコンタクトをして半拍止まって、打ち込みとぴったり合ったサビの1発目は、無意識に笑ってしまうくらいに気持ち良くてたまらないのは、きっと聞いているファンだって一緒の筈だ。

多分 黒に塗り潰された瞳に 最初から僕は

新曲として出したこの歌詞は、全部影山君‥もとい飛雄君のことを考えて書いたものだ(名前呼び、中々慣れない)。彼のことを考えていて思ったのは、自分が思っている以上に飛雄君のことが好きだったということ。それでも歌詞に“私は”と書くことができなかったのは、ただの気恥ずかしさからだ。この新曲を彼に聞かれて、何かに勘付かれたりでもしたらとても顔を見れる気がしない。‥まあ、彼が歌詞の意味に気付く筈はないと思う。自分の恋愛を曲にするアーティストなんてたくさんいる。‥けど、まさか自分がそれをするに至ろうとは。

ライブハウスの中をぎゅうぎゅうに埋め尽くすことができるようになって、私が見つめる場所は最初に決めた1点だけだ。今日は音響スタッフのいる、私の丁度目の前の1番向こう側。音響スタッフの手元を照らす、小さなライトが光っているほんのり黄色い電球。そこからふと、瞳が揺れた瞬間だった。‥黒に塗り潰された瞳と目が合ったのは。

「、と、」

噛んだ、みたいになった。吃驚したけど、丁度歌詞の続きだったから声が止まらずに済んでほっとする。どうしてこんな所に。私、ここでライブするってことは一言も言ってない。ホームページでも見たのかな、それで遊びに来てくれたのかな。今日はバレーボールの練習なかったのかな‥。

掻き鳴らしたギターの音も、シンバルの余韻も、ベースの音もきっちり全部止まって幕も降りた。幕の向こう側から歓声と拍手が鳴り響いている。今日は私達がトリではないからステージに乗ったままという訳にはいかない。次のバンドにバトンタッチして、自分のマイクを片付ける為に手を掛けた。

「何回聞いても度肝抜かれるよなあ、なまえちゃんの声マジで良い」
「珍しく噛んでたけどなあ」

侑の馬鹿にしたような声に、ばしんと背中を叩いた。すみませんでした、だって吃驚したんだもん。遠くに飛雄君が見えたから。‥って、流石にそこまでは言えない。顔見知りである次のバンドの人にお疲れ様と労りの言葉をかけられながら楽屋に向かった。今日はスリーマンだから、楽屋が少し広く感じる。

「私達のリリイベなのに閃光に全部お客さん取られちゃいそうだわ〜。新曲すっごいよかった!」
「ありがとー菜美ちゃん」

殆ど同時期に売り出しを始めた、同じく紅一点ボーカルの菜美ちゃんがいるバンドとは、もう何度も対バンしている。今回は菜美ちゃんのバンドがアニメのオープニングテーマ曲に決まったということで、私達を有り難くもライブに誘ってくれたのだ。私と違って、外見も派手で可愛いお人形さんみたいな彼女は、雑誌の読者モデルも務めていたりで大変そうだけど、毎日がとても充実しているようなキラキラした女の子だ。

「激しい曲の割には恋の歌なんてなあ〜」
「わーよく聞いてるね」
「当たり前じゃん!閃光は最初に見た時からファンだもん」

弦を拭いてケースにしまって、きゃっきゃと嬉しそうにする顔を見ると私も嬉しい。‥だけど、それよりも今は1つ確かめたいことがある。鞄の中からiPhoneをすっと取り出して、彼の名前をタップしてメール画面を開いた。新着メールは、‥ない。だけど私が見たのは絶対に、絶対に飛雄君。携帯と財布だけ持って楽屋からこっそり出ると、1番後ろの扉をそっと開けた。開けた瞬間、でっかい身長の人と目が合って、声を一言上げたのはその彼の方だ。

「なまえ、」
「し、しー‥!」

そっと腕を掴んで、ぐいぐいと飛雄君を会場から出すように引っ張った。幸い誰も外には居ない。隠れるようにして壁と壁の隙間に入り込むと、大きく息を吐いた。

「き、来てくれたんだ‥ホームページ見たの?言ってくれればチケットあげたのに‥」
「おう‥いや、偶々使ってた体育館が今日は使えなくて休みだったから来てみただけっつーか」
「‥チケットどうしたの?」
「予約してないっすって言ったら当日券買えた。ラスト1枚だったっぽいけど」
「えーすごい強運‥ふふ」

上下のジャージじゃないのが新鮮で、私服の飛雄君を改めて見るとどきっとしてしまう。柔らかいベージュ色の少し短いチノパンと、深い海みたいな真っ青な色をしたオープンカラーシャツ。ラフに黒いサンダルだけど、‥ああ、やばいなあ、似合ってる。普段だとこんな格好するんだ。

「なまえはもう帰っていいのか?」
「ううん、物販最後にあるから残んなきゃ」
「じゃあ待ってる」
「え」
「‥駄目か?」

いや、駄目という、わけではない。むしろ嬉しいけど、‥遅くなっちゃうよ。そう言ったら、いつも俺が待たせてるからいいと耳を赤くした。

「あの、‥じゃあ終わったら連絡するね」

やばい。私もなんか、熱いかも。‥こんなに熱いの初めてかも。私服見ちゃったからかな。ぱたぱたと手で顔を扇いで、変な声で笑っては今日熱いねと誤魔化した。

「‥なまえ」

黒に塗り潰された瞳。‥真っ黒で、綺麗。近付いてきた掌に無意識に頬を擦り寄せて、そしてハッとする。何してんの私、何してんの!?驚いてそのまま逃げ出してしまったけど、‥連絡するって言っちゃったよ、私、‥どんな顔をして会えば。

2018.07.10