「初めまして、ビーマックスレーベルの永田です」

野外のライブを控え、いつものスタジオで練習を終えた所だった。数少ないロビーの椅子に座っているのは、見覚えの全くない短髪の男。私達の次にスタジオ予約してた人なのかな、そう思ったけれど、いつも私達のあとには別のバンドが控えている。‥うん、やっぱり今日もそうだった。短髪の男の近くにいつものバンドさんの見知った顔が3つあって、じゃあ誰だろうかと思いながら小さく会釈をしたその瞬間である。突然の自己紹介に、一瞬誰に声をかけているのかと周りを見渡してしまった。‥あれ、もしかして私達に話しかけてる?

「ビーマックスレーベル、‥って」
「え、‥なまえ知り合いなん?」

私のことをもう呼び捨てで呼べる程の仲になって、もちろん私も2人のことを呼び捨てで呼べるようになった。歳の差は殆どないし、敬語を使わないことにもう違和感すらない。‥ってそうじゃない。ビーマックスレーベルって、日本でも有名なレコード会社だよ。大体の人がまず最初の方に思い浮かべるくらい、‥そのくらい有名な会社。侑の一声にぶんぶんと頭を振って、ついでに手も横に振った。私に、そんな知り合いなんているわけがない。

「閃光のメンバーだよね」
「‥そうやけど」
「俺の友達にファンがいて音源聞かせて貰ったんだけど、‥正直ここ最近出てくるバンドの中でも頭2つ分くらい飛び抜けてて吃驚した。ちょっと俺の話聞く気ない?」
「自分ほんとにビーマックスの関係者なん?怪しいわあ‥こんな所までくるとかなまえのストーカーちゃうか」
「‥話って言われてもな」
「まあそう言われてもしょうがないわな。これ名刺」

鞄から取り出した上質な名刺ケース。着ている服は某アパレルチェーン店のような、似たり寄ったりでどこにでもありそうなシャツとジーパンなのに、持ってる物は高そうだ。腕時計含め。ぽんと渡された名刺には確かに書いてある。永田佑紀、そして有名なロゴと住所と電話番号。‥いやいや大丈夫かな、これ本当に本物なのかな。疑心暗鬼になるのも無理はない。美味しいものをちらつかせておいて、そうして騙されましたなんてないようである話なのだから。‥って前に侑も治も言っていた。

「ビーマックスなんて名前出せば誰でも凄い勢いでいくらでも食い付いてくるのにな。慎重でよろしい」
「馬鹿にすんなや。こちとら真剣にやっとんねん」
「だろうね」

怪しいものを全部暴いてやるみたいな、2人のそんな空気は依然として変わることはない。それに気付いた永田さんとやらも、うんうんと頷いておかしそうに笑っている。どうやら治も侑も、胡散臭い感じのこの人を怪しんでるというよりはいけすかんというイメージがついているようだった。ぐっと私の首根っこを掴んで彼等の背中の後ろに下げられる。なにすんの、という声よりも早く、永田さんが堪らずに笑い声を上げた。

「‥っぶはは!別に捕って食いやしねーよ!まあ君可愛いけどね〜。ああ、‥名前なんだっけ」
「‥‥苗字、なまえです‥」
「おお‥‥‥‥成る程。こりゃまたギャップだな」

ギャップってどういうこと?ふむ、とジロジロ私の顔を見てくるのが落ち着かない。首を傾げてみたけれど、口に出さなかった疑問なんて返ってくるわけもなく。ぎらぎらとした目付きで永田さんを睨みつける2人の背中をぼこんと叩く。‥なんで初見の相手に対してこんなに悪い顔できるんだろうか。私も大概可愛くない対応をしているとは思うけど。

「まあ、時間取れればライブ行くわ」
「‥」
「今までにない塩対応だなー。ああ、なんだったら会社のホームページに載ってる電話番号に電話してみなよ。俺の名前言えば繋がるし」
「うそくさ」
「いやいや。でもほんと、‥かなり興味あるんだよね、閃光に」

自信たっぷりに、何かを確信してるみたいに強い眼に少しだけぞくっとした。私達みたいな音楽やっている人達をたくさん見てきたような、そんな眼。スタジオのオーナーに軽く声をかけると、そのまま外への扉に手をかけた。

「すごい警戒されてるからこの辺にしとくわ。気が変わったら連絡して」

ひらひらと手を振る姿に、目の前の2人はまだ牙を向いている。‥あれ、っていうか、オーナーの知り合いなんだろうか。すごく仲の良い雰囲気を醸し出していたけど、もしかしてなにか知っているのでは。そう思ったけど、治も侑も騙されたらアカンでってなんども釘を刺すから、騙されないから大丈夫ってことだけしか声には出せなかった。

2018.06.29