面食いの虎

「…疑いがあるのでしたらどうぞ調べて下さい。私は逃げも隠れもしませんから」

綱手さんを真っ直ぐに見据えて答えればすぐに「いや、その必要はない」という言葉と笑みが返ってきた。拍子抜けしたように目を丸くさせ首を傾げると、片手で頭をぐしゃぐしゃにした綱手さんが私を指差した。

「ホウライをここに呼んでくれるか」
「ホウライ様を、ですか?」
「言っただろ、お前を疑いたくはないと。というより私は微塵も疑ったりしてないさ。だが出てきた証拠が証拠だ、事件当時のお前の行動を聞かない訳にもいかんだろう。私はお前を信頼してるし、目を見れば嘘をついていないことくらいすぐ分かる」
「あ…ありがとうございます。それで、何故ホウライ様を呼ぶ必要が?」
「癒無眼のことでちょっとな‥お前よりホウライの方が詳しいだろ」
「…言い返せないのが悔しいです」
「しょうがないことだ、気にするな」
「では、」

口寄せの術。印を組んで指を噛み切り床へ血を塗りつけると、小さく嘆いた言葉と同時にぼわんと白い煙が上がる。その中に現れた班目模様に手を伸ばすと、するりと頭を押し当ててきた。任務以来ですね、と緩く笑いかけていると、綱手さんに気付いたのかホウライ様は至極めんどくさそうに目を細めていた。

「…こんな時間に呼び出すとは貴様の命ですか、火影」
「そうカリカリするなホウライ。少し教えてほしいことがあるだけだ」
「人使いの荒い影を持つと骨が折れますね、ハヤ殿」
「私は気にしていませんので」
「お優しい人ですね、貴女も」
「お前はハヤ以外を敬うことはできんのか」
「生憎ですが私は美形好きでしてね」
「はっきり言ってくれるじゃないか、あァ?……まあいい、喧嘩する為にお前を呼んでもらったんじゃない」

ホウライ様の言葉にぴきっと口元を歪ませる綱手さんは、怒りを掻き消すように手元にあった紙切れを握り潰す。あ、あんまり怒らせないでほしいんですけど…後が怖いのは私です……ホウライ様のつやつやした毛並みを撫でながら眉を垂れさせていると、握り潰した紙切れをぽいっとゴミ箱へ投げ入れた綱手さんが小さく溜息をついた。

「…癒無眼の能力は、視界を消し去ることと瞳術使いの目を癒すことだと聞いている。実際ハヤが出来るのもこの2つだけだからな」
「それがどうかしましたかね」
「実は先日、何者かに襲われた者がいてな。だがそいつは誰に襲われたのかどこで襲われたのか、事件のことを全く覚えていなかった。頭の中の情報を調べてみたが、切り取られたように一部始終の記憶が綺麗に無くなっていてな…だがそいつの経絡系に、ハヤとよく似たチャクラが絡みつくように残っていた」
「…!」
「これは推測だが…癒無眼にはまだ私達が知らない能力もあるんじゃないかと思っているんだ。例えば……視神経から入り込み、経絡系を経由して断片的に脳の記憶を消去することができる…とかな」
「視神経からって…とても無理です、どんな高度なチャクラコントロールが必要になるか…!脳に行き着く前に視神経を死滅させてしまいます!」
「…いえ、」
「え?」
「確かに、できることはできます…」
「…ホウライ様?」
「…」
「今聞いた話しから考えてみても、それは恐らく白魚一族の術で間違いありません。そして白魚一族の中で、そんな高度な術を扱えることができたのはたった1人だけ…言いにくいのですが、今のハヤ殿には絶対に習得できない術でしょう…ですが…」
「なんだ?言ってみろ」
「…だからこそおかしいんです」
「おかしい?」
「分かりませんか?そんな術を扱えることができたのは"一族でもたった1人だけ"でハヤ殿ではない…この世にいるはずがないということですよ」
「やっぱりか……そこでだホウライ、ちょっと気になることがある」
「「気になること?」」
「ハヤ。お前、日暮硯コトメは知ってるな?」
「はい。前に任務で…」
「日暮硯一族ですか…久しく聞いた名前ですね…」
「ホウライ様、知っているのですか?」
「もちろん。ハヤ殿と同じ"封印の器"ですからね」
「そうですか………え!?」
「なんだお前、ヒアシから封印の器のことを聞いたんじゃないのか?」
「いえ、聞きましたが…!私と同じってどういう…それにホウライ様、知っていたんですか!?封印の器のこと…!」
「はい」
「教えてくださればよかったのに…!!」
「ヒアシから口止めされてましたからね、余計なことを言うなと。私から言う必要もないと思っていましたし…先日ハヤ殿には全てを告げたと言われておりましたが」
「いつの間にそんな…というかそんな仲だったんですか…」
「先日、珍しく巻物で口寄せされましてね」
「…続きを話していいか」

私とホウライ様の脱線した会話をじっとりと眺めていた綱手さんが、咳払いを1つしたことで慌てて口を紡ぐ。なんの話しをしていたんでしたっけ…と苦笑いをしていると、綱手さんは呆れたように机に肩肘をついた。

2014.10.17

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