忍び寄る闇

「疲れました…」

ネジの退院祝いの食事会も終わり、静かに酒を交わしていた周りの人達からこそこそ逃げるように自室へと戻ってきた私は、畳の上へと身を投げた。酔っ払ったコウさんに絡まれたネジと、お酌を買って出ていたヒナちゃんの姿を思い出して思わず頬が緩む。"日向"はいつの間にか変わっていた。分家、宗家という闇はもう見えない…私は1人孤立していたからか、変わったことにも気付かなかったのだ。

「…皆さん、戸惑っていた節はありましたが…」

やはり、冷たい視線は何も感じられなかった。それどころかコウさんは私とネジの関係を聞こうとする始末、あまり笑わないヒアシ様まで苦笑いを零すという事態である。ヒナちゃんは日向の人達と私の関係が少しずつ解れていくのを見ながら、なんだかとても嬉しそうだった。

「……」

しかし逆に困惑してしまうのも事実。昨日まではあんな公の場に顔を出せることすらできなかったのだから。まだ慣れるのには時間がかかる、ここにはヒナちゃんがいてくれたにせよ、孤独だった時間が長すぎたとぼんやり溜息を吐いた。

「白魚……レノウ…」

この間ヒアシ様に渡された自分の母親であるという女性の写真を引き出しから取り出す。文句無しの美形、というか造形か?と疑うレベルの人物。この人が自分の母親…あんまりピンとはこないけど…。

「…?」

ふと何か違和感を感じて写真に目を凝らす。それは注意をして見ないと分からない程だが、母親の銀色の右眼には薄っすらと紋様が浮かんでいるのが分かった。紋様…何か、見たことがあるような…

「白魚ハヤだな」
「!」

写真に神経を集中させていたその時、後ろに突然現れた人物の気配に振り向くと、腕を組んで私を見下ろす1人の暗部の姿があった。人の部屋に勝手に上がり込んでなんて態度なんですか、なんて思いながらも何か緊急事態なのだろうかと眉間に皺を寄せる。…にしても、少し向こうで行われている飲み会と化した席ではまだ色んな人の声が聞こえてくる。緊急事態であれば何故日向の誰にも声をかけずわざわざ私に…持っていた写真を机の中に仕舞うと、小さく息をついて立ち上がった。

「何か私に御用でしょうか?」
「5代目火影様がお呼びだ。日向の者には何も告げずに火影邸へ来い、と」
「突然私がいなくなれば誰かが不振に思います」
「散歩に行く、とでも言っておけ」

冷たくそう言い切った暗部はそれだけ告げると私の目の前から姿を消した。火影命令とは言えなんて横暴な…しかし行かないわけにもいかず重い足取りで部屋から出ると、前方に見えたコウさんに小さく駆け寄った。

「あ…れ?ハヤちゃんいないと思ってたら部屋に戻ってたんですね〜、どうかしましたか?」
「コウさん、私少し風に当たってきます」
「1人で?!なら俺も付き合いますよ〜」
「いえ、すみませんが1人にしてください」
「あ、ああ…そうですか…それじゃあ、気を付けて〜」

今だに酔っているのか、体をふらふらと揺らしながら残念そうな顔で見送るコウさんに頭を下げると、そのまま印を結んでその場を後にした。








「綱手さん、ハヤです」
「…来たか。入れ」

静かに火影室への扉を開くと、珍しく書類も何もない机の上に難しそうな顔をする綱手さんの姿があった。側近であるシズネさんはいない。足を進めて目の前まで来ると、小さく溜息をつかれた。

「直属の暗部の方から話があるとお伺いしましたが」
「ああ。ちょっと色々とあってな、お前に聞きたいことがあるんだ」
「聞きたいこと?」
「1週間前、お前は確か単独任務に出ていたな」
「1週間前…?」

1週間前。…と言えば、シカマルさんに告白された次の日だ。あの日は確かに単独任務で、抜忍が木の葉の里近くに仕掛けていた起爆札の除去だったはずだ。あれはもう完璧に取り除いた筈ですが…まさか残っていたとでも?と言いそうになったが、それを綱手さんが止めた。

「聞きたいのは任務のことじゃない」
「意味がよく…」
「…お前があの日の任務を完璧にこなしていたとは言え"単独行動"だったからな…聞かざるを得ない」
「回りくどいですね、何が仰りたいのですか?」
「…1週間前、シカマルが何者かに襲われる事件があった」
「?!」
「いや、本人はすぐに復活したんだがな。だがその時の記憶を綺麗さっぱり消されてる」
「ちょっと待ってください。私を疑っているということですか?確かに私は単独行動をしていましたが、それだけで私だと断定できる物は何も…」
「お前だと疑いたくはないが、それなりの証拠も一応あるにはあるんだ」
「証拠?」
「シカマルの経絡系に混ざり合うように絡まったチャクラが残っていた。それが…お前が癒無眼を開いた時のチャクラとまるで同じだったんだよ」
「え」

困ったように深く溜息を吐いた綱手さんに、ぴしりと体が固まった。

2014.10.01

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