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ごくごく、ごくごく。ああ、暑い。大学で、授業に出てさえいれば簡単に取れる単位だからと先輩にオススメされたバレーの授業。‥いやまあ?出てさえいれば取れる、これは間違いない。ないけれども。バレーの授業をする先生ときたら、これまた中学とか高校の部活みたいに厳しかった。部活やったことないから分かんないけど、そう思っちゃうくらいきついし、高校の時から部活をやっているという女の子の友達もきついと根を上げている。出てさえいれば取れる。‥それが難しい。そのうち顔を出さなくなる生徒もいるんじゃないだろうか。

「黒尾頑張ってんねえ」

気怠い表情でぼんやりコートを見ている友達の横に並んで、私もコートに視線を向けた。大学で初めて声を掛けた男の子、黒尾鉄朗。元々田舎に住んでいた私では東京の大学はまるで迷路のようで、泣く泣く気怠そうに1人携帯を触っていた黒尾に声を掛けたのだ。そこからの縁。‥そんな彼は今、コートの中でチームメイトに逐一声を掛けながら飛んだり跳ねたりとバレーボールを楽しんでいた。

「音駒のバレー部で主将やってたとか。チャラそうに見えるのにほんと意外」

東京の音駒高校というところでバレーボールをしてた黒尾は、3年の時春高に出ていた、らしい。バレーボールの全国大会。だからバレーの授業も取って、サークルもバレーなのかと納得したのは入学して何日か経った後だ。

「負けた方はアザラシなー」
「くっそー、また黒尾チームの勝ちかよ!」
「ウェーイ、ジュース1本ゲット〜」

ジュースかけてたのか。男の子だなあ。彼等の奮闘する姿を見てたら私も喉が渇いちゃって、半分程減ったビタミンドリンクに口をつけた。冷凍庫で半分凍らせてきたからまだ冷たい。気持ちよく喉を潤していると、上からぽたりと何かが降ってきた。‥雨?そんな訳はない。ここは体育館で、つまり屋内なのだ。降ってくる訳がない。そうして気付いた目の前の長い足は、もう見慣れてしまった、細くて筋肉質な足だった。

「いいモン飲んでるなーナマエちゃん。俺にも分けてほしいデスー」
「ヤダよ、さっきジュースかけてて今勝ったんでしょ、新しいの買ってもらえばいいじゃん」
「今飲みたいんだよねー、キンキンに冷えた冷たいの。走り回って飛び回ってたからクタクタでさあ」

ニヤニヤ、口端をあげながら笑う黒尾は私の左側に腰掛けてきて手を差し出してきた。いやいやだから。あげませんってば。‥その流れる汗でしょ、さっき上から落ちてきた水滴って。首辺りに落ちてきたそれは、のろりのろりと動いた後に鎖骨を降って下に落ちていった。

「私回し飲み好きじゃないの」
「え、マジ?」
「なに言ってんの、サークルの女子で集まる時とかお菓子食べながら回し飲み偶にしてるんじゃん」
「それはそれ、これはこれ」
「なに、俺は男だからダメなわけ?」

いやまあ‥男だからというか、なんというか。そもそも相手が黒尾だから嫌‥というより恥ずかしいのだ。入学して彼に泣きつくように大学を案内してもらってからというもの、安心させる為にかここの大学のオープンキャンパスで恥ずかしかった話なんてしてくれたり、お昼ご飯も付き合ってくれたり。‥彼が誰よりも優しいっていうのを分かってしまったから。まあつまり、そういうことというか、‥なんというか。

「なー、俺が干からびてもいいわけ?俺今水分がない状態なんですよ」
「もお‥いいよ、私なんか買ってくる」
「‥ああもう、私自分のも欲しいから買ってきてあげる。ナマエは待ってていいよ」
「えっ、」

右側に座っていた友達が立ち上がって、呆れたように自販機に向かっていく。いや、何故呆れているのかは分からない。分からないけれど、なんとか私の飲み物を飲むという選択肢は無くなった。‥無くなったけれど、黒尾はまだ何かに不服そうだった。

「ハァーーー」
「やだ、隣で溜息やめてよ」
「ナマエはほんと、分かってねえなあ」
「なにが?」
「新品じゃあ意味ねえのー」
「意味分かんない‥」

新品くれるんだぞ、そっちの方が絶対嬉しいじゃんか。小さく体操座りをしながら唇を尖らせる姿は、まるでいじめられた後の小学生みたいだった。じいっと見つめてくる瞳は何かを訴えられてる、‥気がする‥?

「‥じゃあさー。相田さんが買ってきたジュースの種類がナマエのと違うかどうか、かけねえ?」
「なにそれ、当たったらなんかある?」
「俺が当たったらナマエの飲みかけもらう。新しいのはやる。どうよ?」

最早意味が分からなかった。それ、私にメリットあっても黒尾にメリットは?何か良からぬことを考えているのではと無意識に寄る眉間の皺。警戒していたのが分かったらしい黒尾は、観念したように大きく溜息を吐いてこそりと私の耳元に近付いた。

「好きな奴の飲みかけって、ドキドキしねえ?」

あ、やべ、変態っぽいわー。なんでもないように言われた言葉に、意味を全部全部理解して固まった。‥え、つまり?黒尾が私の飲みかけを欲しがってた理由って?まあ、そういうことだって。そうさらりと笑った頬っぺたに僅かな赤みがあった。私は心臓破裂しそうなんですけど。で、どう?かける?‥いやいや、そんなこと言われてもうかける気なんてないから。それよりもお互い言っておくことがあるみたいなので、‥恥ずかしいから、お先にどうぞ。

2018.02.03

アルマジロ様リクエストで飲みかけジュースで攻防するお話しでした。素敵なフリリクありがとうございました!