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幼馴染って、近いようで遠くて、微妙な関係だと思う。

「お前本当にそのままでいいの?」

同じクラスの菅原君に下から覗かれて、ついぐっと言葉に詰まってしまった。そんなこと言われたって、旭の誕生日をちゃんと祝えたことがないんだから、旭にとってもなんで突然って思われるに決まってるよ。

突然だが、私と旭は幼馴染だ。でも、仲がとても良いとかそういう訳ではない。世の中にいる男女の幼馴染がどういうものかは分からないけれど、マンガやテレビの世界では羨ましい程仲が良かったり、恋をしていたりすることが多い。私もその例に漏れず、旭のことが好きだった。でも、見ているだけで精一杯。初めて会った時はお母さんの後ろにずっと隠れていたのよって言われたし、旭も旭でちっとも喋りかけてくれなかった。

ちょっとだけ関係が変わったのは、中学校に上がってから。口下手でとても奥手な彼がバレーボールというスポーツを始めて、旭が初めて試合に出ると聞いて私もこっそり見に行ったのだ。その時の旭はまだ下手くそで、スパイクも変な音がしたりして。難しいのかなあって思いながら、何度も何度も旭の試合を見に行くようになったのだ。

「ナマエちゃん、いつも来てくれて有難う」

何回目かの公式試合の後、帰ろうとしていた私を呼び止めた声がした。少し息を切らして、走ってきてくれた彼の姿は今でも忘れられない。知らなかった。ちゃんと私が来てたことを見てくれていたこと。なんとなくきゅんとして、ハッと我に返って冷静に務めていたけど、静かにドキドキを繰り返していた。あの頃の旭はもうスパイクやレシーブの腕をめきめきと上げていて、他校でも西光台の東峰≠ニ言われるくらいの有名人だった。なんとなく幼馴染がそういう風に言われるのが嬉しかった私は、ちょっとだけ彼が自慢で、ちょっとだけ寂しかったり。旭が試合で活躍しているのを見ていて、少しだけ複雑な気持ちになっていたのだ。

「え‥‥し、知ってたの‥?」
「うん、いつも奥の方にいるなあと思って」
「気付いてたなら言ってよ、あさ‥東峰君、」
「‥?旭でいいのに」
「うぐ、」
「‥昔は旭って呼んでたのに」
「‥い、いやじゃない‥?」
「どうして?」
「だって‥あ、あんまり中学でも今までもお話とかしてなかったから‥」
「そう?俺は気にしないけどなあ」


旭は今も昔も変わらずずっと優しかった。私が幼馴染だからとかそういう理由じゃなくて、彼自身がとても優しい性格をしている。話している相手を安心させる声色とか、言葉選びとか、誰かと会話をする時は必ず視線を合わせてくれたりとか。些細な所から優しさが滲み出ているのだ。そんな彼に惹かれなかった訳がない。ふと気付いたら、旭に恋をしてしまっていた。

「おいこら聞いてんのか〜?」
「そっそのままでいいのかっていう話しですよね?!よ‥よくないけどでも‥今更何をしろと‥」
「だって苗字、卒業したら東京の大学だろ?」
「‥うん」
「吃驚するほど長い間好きなのに、簡単に忘れるとかできる訳ねえべ」

ごもっとも過ぎてぐうの音も出ない。つまり菅原君は、さっきから私に「好きだと言ってしまえ」と言っているのだ。そんなの、きっかけがないとできる訳ないじゃないか。というかきっかけがあったとしてもできるかは別。離れてしまうのはとても寂しいけど、だからって告白なんかできっこない。

「‥そうだ!」

きーん。菅原君の大きな声って結構高めで驚いてしまう。なに、変なこと考えてないでしょーねって一歩下がると、その分また菅原君が近付いてきた。にんまりとした笑顔を浮かべて、コソコソと耳打ちする。

「え!?」

今度は私が声を大きくする番だなんて思っていなかった。‥だって、旭がもうすぐ誕生日なことなんて、全然知らなかったから。



***



旭のことを長年好きだと言っておいて、高校卒業間近で旭の誕生日を菅原君から聞かされるとは思っていなかった。‥というか私も私である。なんで今まで聞かなかったんだろう、なんで今まで誕生日という存在に気付かなかったんだろう。だけど、誕生日を聞いてなんとなくしっくりきた。旭の誕生日は、年の初め、元旦。つまり、1月1日。よっぽどのことがない限りは会うことのできない特別な日の1つなのだ。そりゃあ聞くタイミングもないし、話題にのぼることもない。‥と、いうことにしておこう。

とにかく、そんなこんなでバタバタと旭用のプレゼントを用意した私は、スマホを片手にベッドの上で正座をしたまま固まっていた。時刻は1月1日の21時前。旭の連絡先、‥というか家の電話番号しか知らないけど、お母さんから聞き出したそのメモを隣に置いて、未だどうしようかと悩んでいる。‥プレゼントあるのに。

今までこんなことしたことなんてなかったから、流石に驚くよね。固定電話なんかにかけたら旭じゃない誰かが出ちゃうかもしれないからやめておいた方がいいかも。‥なんて考えていた瞬間に、突然画面に現れた菅原君のメール。流石にもう渡した?≠チて、どこかで私の行動でも見ているのだろうか?

「‥やっぱ、勿体無いよね‥」

じっとプレゼントを見つめて、ふと我に帰る。あれだけ悩んで考えて決めて、渡そうと決意して買ったのだ。‥最後くらい、ちゃんと渡さなきゃ。出来れば私の気持ちも一緒に渡せればいいけど、渡すだけできっと精一杯だ。

番号を押して、少し震えながら通話ボタンを押した。3ゴール。それ以上は鳴らせない。‥って、ある種の望みをかけていた。

『はい、東峰です』
「あっ、苗字、です!あの、あ、」
『ナマエちゃん?』
「うええっ」

お父さんでも出たのかと思ったけど、違った。だってまさか本人が出るなんて思ってもみなかったから。あたふたしていると、なんとなく電話の後ろが賑やかで、つい電話を切ってしまいそうになった。そりゃそうだ。だって今日は旭の誕生日だもん。家族でお祝いしているだろうから、きっと楽しい時間を過ごしている筈だ。‥って改めて考えると、私結構場違いなことをしているのでは?

「あの、忙しい、よね、今、」
『大丈夫、‥だけど、何かあった?』
「なにか‥あったというか‥た、誕生日今日って聞いて、」
『え』
「どうしても、おめでとうって言いたくて、」

ぐしゃりとプレゼントの袋を握り締めて、まず一言。でも、次の言葉が出てこなくて、そのままくちが固まってしまう。だって、プレゼントを渡す為には旭が外まで出て来なくちゃいけなくて、でもそれってとっても言い難い。私の次の言葉を待っているのか、旭はずっと電話の向こうで黙ったままだ。

「‥‥あ、あさひ、」
『うん』
「‥ あのね、」
『うん』
「‥〜〜ッ!」
『ナマエちゃん、今家にいるの?』
「そ、そうだよ」
『‥母さん、ちょっとナマエちゃんの家に行ってきてもいい?!』

電話の電源をそのままにして、突然お母さんと会話をし始めた旭の言った言葉に目を丸くした。ちょっと待って、私がそっちに行くから。そう言っている間にバタバタガチャガチャと慌ただしくなって、扉を閉めたような音で静かになった。

「ほ、ほんとにうちに来てるの!?」
『だって、何か他にも俺に言いたいことあるんだよね?』
「‥それは」
『あと、俺も会いたいから!』

耳元で聞こえた大きな声は、普段なら絶対に聞くことのできない音量だ。

家に響いたベルの音に、慌てて私も玄関へと駆け下りる。掴んだプレゼントと、一番好きな自分の可愛い上着。喜んでくれるといいな。そんなことを考えながら「お母さん絶対出ないで!」って私も大声を出した。

「ナマエちゃん、」
「旭、あのね、」

この日が人生で一番幸せになるなんて、きっと誰も予想だに出来なかったことだ。

2019.02.12

光様リクエストで旭さんのお誕生日を祝いたいお話しでした。素敵なフリリクありがとうございました!