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穏やかで心優しいその人が、昔は男子バレーボール部でエースをしていたことを、私は知らない。そういう過去があったことを聞いてはいたけど全くピンとこなかったのだ。だって今、彼は選手としているわけでもないし、スポーツの何かしらに関わっている訳でもない。でも高校の部活で共に青春を過ごしていた人達とはまめに連絡を取っているみたいだし、仲はとってもよかったんだろうなあと思う。

「今日澤村さん達何時に来るんだっけ?」
「17時だよ。あ、いいよいいよ、部屋の片付けはするから」
「でもあとご飯炊くだけだし‥」
「いいから。ちょっと休んでて」

今日はその「高校の部活で共に青春を過ごしていた人達」と一緒に、我が家でご飯を食べることになっている。旭と結婚してから半年に1回くらいのペースで来てくれる澤村さんと菅原さん、そして、潔子さんというバレー部でマネージャーをやっていた女の人と、その旦那さんの田中君だ。ワールドカップに後輩が出る時は、大概集まって祝杯みたいに皆でテレビを囲むのが恒例になりつつあって、私もそれにはだんだん慣れてきたけれど、今回初めて女の人が家に来ることは、ちょっとだけ楽しみだったり、ほんとに、ほんとーにちょっとだけ不安だったり。

「ありがとね。今回大人数になっちゃうのに料理たくさん作ってくれて」
「気にしないでよ、澤村さん達来ると賑やかで楽しいし」
「賑やかなのは主にスガだけど」
「ふふ、そうだね」

予定している時間まではあと1時間ほどある。それまでにはなんとかこのもやっとしている気持ちを払拭しなければ。さてどうやって払拭しようか。甘えてみるか、キスをせがんでみるか、それとも「わたしのこと好き?」なーんて聞いてみるか。いや、最後のは無しだな。付けっぱなしのテレビから流れるニュース番組を目に映すだけで、私の頭の中は旭でいっぱいいっぱいだ。
隣に座った旭が、用意したアイスティーを持ってきてくれた。ひやりとした冷たさが心地良くて、そのまま飲み込んでいく。清水潔子さんってどういう人なんだろう?いや、今は田中潔子さんなんだっけ。ややこしいな。最初っから田中潔子さんって教えてくれればいいのに、高校時代は清水って呼んでたからつい癖でって。‥まあ、分からなくもないけど。

「ナマエ今日なんか静かだね」
「えっいつも煩い?」
「そうじゃなくて、いつもだったらテレビ見ながら楽しそうに話すのになあと思って」
「そうかな‥」
「なんかあった?」

わたしの顔を覗き込むように大きな身体が動く。まさか「そうかな」の後にすぐ「なんかあった?」って切り返されると思ってなくてどきっとした。絶対「そうだよ」って言われると思ったのに。
「自分のせいかもしれない」とでも言いたそうな旭の気の弱い部分は出逢った時から今だに変わってはいない。でも、今回のことは旭のせいなのかもなあ、なんて。だって高校の同級生で、マネージャーで、女の子だよ?いくら結婚してるからって不安にならない訳がない。もしかしたら旭は潔子さんのことが好きだったかも、とか、逆に旭のことを好きだったかも、とか、色々考えちゃって。

「‥やっぱり家にたくさん呼ぶの嫌だった?」

半分正解、半分不正解。そうじゃないんだよ、と首を振ったところで旭は納得しなかったみたいだ。でも、と言いたげな目と、大きな掌が私の頭をゆっくり撫でている。頭のどこかではちゃんと旭のこと分かっているのにな、って思ってても、つまんない嫉妬心はなくならない。じゃあどうしようか?と考えたところで、正直に言う選択肢しか思い浮かばなかった。

「‥引かない?」
「引くようなことなの?」
「引くかも」
「大丈夫だよ」
「清水潔子さん、‥のこと、好きだったりした?」
「え、俺が?」
「そう」
「‥‥もしかして俺が清水のこと好きだったかもとか思ってる?」

可能性はあると思うんだけど、と、つんとテレビに視線を戻す。その数秒後、含み笑いみたいな声が聞こえてきた。なんで笑ってんのと思う暇もなく、横からぎゅうと大きな腕が伸びてくる。季節は夏。クーラーはついてるけど、こうやってぴったりくっついてるとちょっとだけ暑い。

「清水に恋愛感情なんて一度も持ったことないよ」
「ほんとに〜?」
「ふ、嫉妬してくれるのって初めてじゃない?なんか嬉しいな、」
「し!嫉妬じゃなくてちょっと気になっただけだよ!」
「ナマエが好き」
「ぅ、」
「ナマエが好きで好きでたまらないから結婚したんだよ」
「わ、分かってるもん‥!」

その旭のふにゃふにゃ笑顔にもう負けた、とそのまま広い胸板に身を預ける。あーあ、変な嫉妬なんかしなければよかった。逆に恥ずかしくなっちゃったじゃんか。私もそのまま背中に両腕を回して抱きつくと、くい、と顎を持ち上げられた。何かを考える暇もなくくっついた唇は何度もリップ音を繰り返して、空気を吸うタイミングでぬるぬるとした旭の舌が入ってくる。珍しい、急に、こんな、

「‥あ、あさひ、きちゃう、ぅ」
「まだ大丈夫だよ。それに、‥まあこのくらいは、見られてもいいかな、なんて」

はは、と意地悪そうな笑った旭に、私は大きな声で「とんでもない!!」と口を挟む。「とんでもないって」と、今度はおかしそうにぐしゃぐしゃに笑った旭がまた顔を近付けてくる。そうして幸か不幸か玄関のチャイム音が鳴り響くと、2人だけの時間は一旦終わりだ。

「ナマエ顔真っ赤」

余裕のある旭を見るのが多くなってきたその中でも、なんだか今日彼は1番落ち着いてるし、私は今が最上級にドキドキしてる。やっぱり旭が玄関開けてきて。なんとかその一言だけを告げて、少しだけ温くなってしまったアイスティーを一気飲みした。

2020.07.24

おぱ様リクエストで東峰旭と夫婦設定のお話しでした。素敵なフリリクありがとうございました!