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「ばっかみたい」

熱気付いた体育館の中心を見ながら、私は思ったことをそのまま口に出した。
今日は梟谷高校の体育館で、男バレの練習試合が行われている。私と同じクラスメイトである男バレに所属している赤葦君が、その体育館、というかコートの中心でずっと駆け回っていた。ばっかみたい、という独り言は、そんな赤葦君へのせめてもの皮肉である。

赤葦、京治。2年にして副主将と男バレの正セッターを務める男は、涼しい顔をしてバレーボールにしか熱を上げない少し変わった奴だ。勉強にも異性にも興味を示さない癖に、こと木兎光太郎という男バレのキャプテンとバレーボールに関してはそうではなかった。私が勇気を出してありとあらゆる理由をつけてお出かけに誘ってみたところで、まず優先されるのは全て部活のことばっかり。「来週試合だから」とか「今回のテスト範囲難しいからごめん」とか、そんな言い訳しか出たことがなくって、そろそろ耳にタコができそうである。

「赤葦君ってかっこいいよねえ」

ほらまた。そうやって赤葦君を見て目を離せなくなる女子が多数。そうだろうそうだろう。だけど言わせてもらう。彼は私達に一切興味はないのだ。だからそうやって熱を上げたところで、後から後悔するだけだよ。やめておきなさい。

同じクラスで、席替えしたら大体前か後ろに座っている。それって凄くない?そんなことに運命すら感じて頑張って距離を縮めようと頑張った。「ノート集めやっておこうか?」とか「部活あるなら掃除変わるよ」とか、いかにも良い女の子の点数を付けてもらえるようにする為の会話を私が一方的に始めて、デートの話に切り替えられるように突破口を作るのだ。だけど彼はその度に表情を崩すことなく「部活はあるけどそれを理由にはできない」っていう、100点満点の返答で逃げていく。おかげで少しの隙にも入らせてくれないから、私はいつも惨敗してしまっている。なんでそんなに部活ばっかりするんだろう。授業が終わったらさっさとお家へ向かう帰宅部である私からしたら、疑問と困惑と少しの苛立ちが募るばかりだった。

「そういえばナマエ、まーた赤葦君女の子振ったらしいよ」
「知ってる。どの女の子か分かんないけど赤葦君絶対振るじゃん。部活あるからって」
「すごいよねえ。モテるのに部活一筋って漫画みたいでさあ‥あ〜付き合ってみたい‥」
「私は付き合ってみたいじゃなくて付き合いたいの!」

そんなふわっふわ浮ついた気持ちなんかじゃないの。そう思う癖に、部活を1番に考えている赤葦君には腹が立つらしい。応援したいと言う癖に、彼が頑張っていることを応援できないなんて‥とは思うが、これが長く片想いを拗らせすぎた結果なのだ。もうちょっとこっち見てくれたっていいじゃん、もうちょっと気にしてくれたっていいじゃん。みたいな。

「ナイスあかーしィ!!」

ばちんと大きく音を出して赤葦君とハイタッチをしたのは、キャプテンである木兎光太郎(先輩)とだ。あー、いいなあ。羨ましい。私もマネージャーになっていればああいう風に素直に喜べたのだろうか。そんなことを考えたって、マネージャーになる気はなかった。だって続けられる気がしないんだもの。毎日部活でへとへとになって帰ってきて、勉強まで手に着く気がしない。私は効率が悪いし時間の使い方もヘタクソだから、ちょっと気が緩んだだけでもテストの赤点をとってしまいそうなのだ。

「‥もう帰ろうかな」
「えっ帰るの?」
「うん‥なんか段々虚しくなってきた‥」
「拗らせてるねえ〜。私はもうちょい見てるけどどうしても先帰る?」
「うん。そうする、ごめん」

ピーッ。丁度良く一試合分が終わったらしいホイッスルの音も鳴ったし、もしかしたらもう帰れっていうお告げだったのかもしれない。ざわざわする体育館のロビーの中を掻き分けて1階に降りていくと、他校の生徒で少しだけ混雑していた。人が多い場所が嫌いな癖に、赤葦君の為ならとよくこんな所で観戦していたものだ。

「もう帰るの?」

扉に手を掛けて大きく溜息を吐いたが、突然聞こえてきた低い声に今度は大きく息を吸った。違うだろう、絶対違う。だっていつもだったら声なんてかけてくるはずがないんだからと考えながら振り向くと、汗をタオルで拭いながら人混みを掻き分けたらしい赤葦君が立っていた。‥え、なんで、なんでだ。今まで一度としてこんなことなかったのに。‥いや、私だって今まで一度として一試合終わった所で体育館出て行くようなことはしたことなかったけど。

「か‥帰るけど‥?」
「まだ1セット終わっただけだよ」
「や、それは知ってるけど‥」
「用事?」
「‥なんとなく?」
「今まで途中退席とかしたことないのに」

げ。なんでそんなこと知ってるんだこの人。

なにかを知っているみたいに、じっと私の目を見ている赤葦君。言い訳の1つも上手く出てこない私は、やっぱり頭の回転が遅いらしい。しかも「用事?」って聞かれて「なんとなく?」って答えるあたりがまさに馬鹿。

「少しはバレー好きになってくれた?」

頭の中を真っ白にさせながら、彼が納得するような言い訳を考える。だけど、なんでそもそも言い訳なんてしないといけないのか?という結論にやっと至った所で、続け様に赤葦君から飛んできたのはちょっとだけ面白そうに笑う声だった。‥なに?どういうこと?それは。バレーが嫌いだなんて、貴方の前で一言でも言葉にしたことあったっけ?

「ちょっとそれどういう‥」
「苗字さんって別にバレー好きじゃないでしょ」
「え」
「さっきの試合は面白かった?」

赤葦君のその質問の意図がさっぱり分からなくて、首が右と左に動く。さっきの試合、は、ごめん、あんまり、よく、見てなかった、‥なんて、言える筈もない。だってずっと不貞腐れてたんだもん。赤葦君が、ちっとも靡いてくれないから。でもそう考えてすぐ、やっぱり凄く最低だって思って俯いてしまった。‥ちゃんと観てればよかった。

「‥真面目」
「え、なに、」
「一直線、純粋、ちょっと不器用、」
「あ、赤葦君?」
「良くも悪くも素直。‥嫌いじゃない、むしろ‥」

急に何を言いだしたんだろう。でも、なんだか当てはまるようなことばかりで、ついドキッとしてしまう。

「‥続きはバレーが好きになったらでどう?」

どう、って?
にこやかに笑った彼の顔が離れない。出したい声も言葉も、忘れたみたいに出てこなかった。満足したように私の頭を1つ撫でて去って行くユニフォーム姿が、憎たらしいくらいカッコイイ。

バレーが好きになったらでどう?‥ってことは、彼の中で私の存在が大きくなってるっていう解釈で良いのかな。そんなこと言われちゃったら居ても立っても居られなくて、私は慌てて2階の階段をまた駆け上がっていた。

2019.04.14

蜜様リクエストで赤葦君とのお話でした。素敵なフリリクありがとうございました!