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「あれ?夜っ久ん居残り?」
「日直だよ。先行ってていいから」
「あーそうだったな。分かった」

ぼふぼふと黒板消しを綺麗にしていると、後ろの方で男子バレー部主将の黒尾君の声と、夜久君の声の声がした。あ、そうか。放課後いっつも夜久君部活だもんなあ。

「あの‥夜久君部活行っていいよ。私あとやっておくから」
「そういうのは駄目だろ。俺もちゃんとやんなきゃ」

そう言うと卓上の日誌を持って、近くの席に座った彼はシャーペンを持った。ちらりと彼の顔を見て、きゅんと胸が軋む。‥今日も、かっこいいなあ。顔も好きだけど、なによりも男らしくて真面目なところが好き。普通だったら「マジで?じゃあよろしく!」って言いそうな場面で、「ちゃんとやんなきゃ」って言っちゃう、そういうところが、好き。

夜久君とはもう3年間ずっと同じクラスだ。だけど、3年生になって初めて隣の席になった。それまではずっと彼を見ているだけだったから、とうとう神様が夜久君と話す機会をくれたのだと思った。ちょっとずつ、ちょこっとずつ、色んな話ができるようになって、そうしてやっと何気なく話してもおかしくないような距離になったのだ。

「試合近いんじゃなかったっけ?」
「まあなー。再来週‥あー前も言ってたとこ」
「だったら日直くらい任せてくれていいのに‥」
「そういうこと言うの禁止。だからこの間もヤマダに仕事押し付けられたんだろ」

うえ、見てた?確かに、この間はヤマダ君がどうしても用事あるからとかで日直を変わったけど、‥別に仕事を押し付けられたとかじゃないから。そう言うと、ちょっぴり不服そうな顔していた。まあ確かに、用事っていうのが初めて出来た彼女とのデートっていうのを後日聞いたけれども、いいんだって、そういうのだって大事だと思うから。

「そんなに怒らなくても‥夜久君は本当真面目だね」
「怒ってるとかじゃなくて。‥あー、いやさあ」
「?」
「‥‥やっぱいい」

夜久君にしては歯切れも悪く、そこで不自然に会話が終わってしまった。黒板消しの白い粉が出てこなくなって数分、ずっとカリカリと日誌を書き続けていた彼の手が止まった。全部書き終わったのかな、早かったなあ。汚い字だと先生に怒られるけど大丈夫?そういえば、日誌の担当者って2人分の名前が必要だった気がする。だから私も半分書こうと、前に座ろうとした。

「こっち来たら」

未だむすりとした声で、夜久君が隣の席から椅子を引っ張ってきた。あろうことか、自分の座っている椅子ぴったりにくっつけて、そうしてじっとこちらを見ている。それに私が従えるとか従えないとか、最早そういうことではない。‥なんでそんな近い距離で座らないといけないのか。椅子を少しだけ後ろに引いた、まるでレディ・ファーストばりな夜久君が「まだ?」って言いたげな目で見ている。

「あの‥えっと‥」
「向こう側だとお互いノート見にくくなんじゃん」
「そう、なんだけど‥」
「早く名前書いて」

そう言われてしまったらそうするしかない。だって夜久君には部活という恒例行事が待っているんだから。じゃあ、すみません。一言断ってそっと腰を下ろしたすぐ隣で、ノートを差し出してくれた夜久君がシャーペンを貸してくれた。はい、と渡されたそれはほんのりと暖かい。馬鹿みたいにドキドキしてて、それが聞こえていないか心配で息をするスピードがゆっくりになる。‥息苦しくてたまらない。早く全部書いて終わらせなきゃ。ドキドキしすぎて死ぬかも、‥死にそう。

「‥さっきの話していい?」
「はっ、い」
「俺、ヤマダと苗字が日直交代した日、部活休みだったんだよ」
「へ、へえ‥部活休みって珍しくない?」
「だろ?だから俺は好きな奴と帰りたかったんだよな」
「そ、そうなんですね、」
「なのに、‥なんで苗字も空気読めねえの」
「空気‥?」
「なんで日直変わったんだよ、なんでその後先生の手伝いとかさせられてんの、‥なんでそのまま慌てて帰ってんだよ」

いや、だって、思ってたよりも遅くなっちゃったから、お母さんにもなんにも連絡してなかったから怒られちゃうし。‥そういう言い訳を並べ立ててふと気付く。ねえ、夜久君それって。もしかして私のこと待ってたってこと?つまりはその、‥そういう、こと?

「‥今日家まで送るから、どっかで部活終わるの待っててって言ったら待てる?」
「え、ぁ‥‥あの、‥お母さんに、連絡して みる、けど」
「‥ごめん、言い方変える。悪いけど絶対待ってて」

握っていた彼のシャーペンをそのままに、じゃあ全部終わったから俺部活行ってくるからと席を立った夜久君。私は俯いた顔を上げられないまま、ガタガタと鞄や部活道具を持って机から離れていくような感覚だけを感じ取っていた。‥熱い、顔が熱い。つまりは夜久君は、‥私をそういう風に見ていて、私も彼をそういう風に見ていたということで間違いがない、と。

「あとそのシャーペン、今日返さないと怒るからな」

持っていたそれは夜久君のシャーペンだけど、どこにでも売っているような普通のペンだ。大事な物でもなさそうなのに釘をさすってことは、逃げるなよっていう解釈で間違っていない。‥逃げる理由どころか逃げる余裕すらないんだから、釘なんかさしてもらわなくても大丈夫だよ。分かりやすい早足で教室を出て行ってしまった夜久君に、そんな言葉はきっと聞こえていない。

2018.06.16

リサコ様リクエストで夜久と日直で急接近する両片想いのお話しでした。素敵なフリリクありがとうございました!