お姫様になりたかったの。



毎日毎日舞い込んでくる任務に嫌気が差してきた。だからと言って逃げることもできず、淡々と任務を全うするだけの日々。そうこうしているうちに階級が上がり後輩も増えた。癸を連れ立って任務に行くこともあれば継子ではないものの柱と合同任務に赴くことも増え、着実に経験値を積むことができている。
そんなある日、私は一人の男に恋をした。その人は口数も少なく何を考えいるかも分からない仏頂面だったが、如何せん顔が良すぎたのだ。多分本人は笑ったつもりもなく、ただ顔の筋肉が緩んだだけなんだろうが顔のいい人間がそれをすることによって周りの女は呆気なく虜になる。

「冨岡さん!」

お待たせしてすみません。
水柱であられる冨岡義勇さんは多忙を極めており、出来るだけ待たせることのないようにと駆け足で落ち合う場所へと向かうのだが一度として先に着いたことは無い。全集中・常中も板についてきてだいぶ常中の質も上げられたと思ったのに。柱の任務に同行するといつも自分が癸に戻った気持ちになる。

「名前」
「あ、ハイ!」

タッと地面を蹴った冨岡さんはもう既に遠くに居て私は無になってとにかく必死に足を動かした。


その日の夜、任務地に訪れるとすでに鬼が暴れていたようで血気術のせいか女の人が鬼の近くに倒れていた。なんの血気術を使うか分からないから簡単に近寄れない、なんて唇を噛んでいたのもつかの間。既に鬼の近くにいた冨岡さんはボソリと水の呼吸の型式を唱えて赤子の手をひねるより簡単にその鬼の首を落としてしまった。

(───────また、役立たずだ)

モヤモヤが広がって広がって晴れない。


「手当をする」

冨岡さんは気絶しているらしい女の人を横抱きにして明かりのついている少し離れた民家たちを一軒一軒尋ねた。まぁ口を開いて女の人の身元や家を聞いて回ったのは私だが。

それにしてもこの人、綺麗な人だな。
刀なんて持ったことありませんって感じのやわらかそうな手が酷く羨ましく感じた。私は自ら望んで鬼殺隊に入ったはずなのに時々、どうしてこんなことをしているのだろう?と頭を悩ませてしまうのだ。
今は土や砂で汚れているが綺麗な着物を着ているし、艶のある髪はいつも整えられているのだろう。身体の線は華奢で見える範囲では傷一つなさそうな……

「お姫様みたい……」

冨岡さんはチラリとこちらを見るだけで何も言わなかった。それでよかった。何を言っているのだろう。
横抱きにされた女の人は勿論、冨岡さんも背格好はいいし顔も文句ない。だから余計そう見えた。またモヤモヤが広がる。チリチリと胸を焦がしていく気持ちが気持ち悪くて吐きそうだ。

「あ、あの家のようですね。」

そんな気持ちを振り切るようにして目の前に建つ屋敷を指さす。大地主さまの一人娘のようで送っていくと大層感謝されたが、さすが冨岡さん。一言「では」だけ言うと私の手首を握りサッサッと来た道を戻って行く。

「と、富岡さん!」
「なんだ」
「離してください、ちゃんと着いていきますから」
「……そうか」

てちてちと先を歩く冨岡さん。その後ろを同じように着いて歩く私。背中ばかり見つめていると視線に気付かれるだろうか。そう思っていたら急に冨岡さんが止まって振り返った。

「冨岡さん?どうかしました───────ぎっ!?」
「舌を噛むぞ」
「こわ!?」

スッと伸びてきた冨岡さんの腕は私をあの女の人のように横抱きにした。そのまま冨岡さんのいつもの速さで走り出し私は舌を噛まないよう、振り落とされないよう必死で耐えた。

「名前が」
(今喋るんか!?)
「姫みたいと言っていたから」
(……姫…あぁ、あの人)
「なりたいのかと思った。」
(だからこれか)

でもそう、そうかもしれない。私はあの女の人のようなお姫様になりたかったのかもしれない。血も戦いもない場所で親から愛され平和に暮らす。そのうち婚約者ができてゆっくり愛を育みながら結納をし、やや子ができて母になる。子が手を離れたらゆっくり余生を楽しむ。……姫じゃなくてもそんなふうに生活して死にたかったなあ。

「おひめ……、姫って言うか、」
「舌を噛むぞ」
「私は別にそういうんじゃなくて……!」
「舌を噛むぞ」

私は、別に、そういうのじゃなくて……?

「と、冨岡さんに横抱きされてるの見て、しっ嫉妬しただけですから!!」
「舌を噛むぞ」


お姫様になりたかったの。
貴方だけのお姫様に。


それにしてもしのぶさんの言った通り本当になんか…………天然なんだな……


fin

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