誤算、伝染中 | ナノ
12


次の日の四限授業終わり。


よし!
昼休みになったし千歳の所に行こっかな。


さっそく、昨日の夜作ったお菓子の紙袋を引っ提げ教室を出る。
真澄に言ったら絶対ついてきてウザいだろうから、声をかけずに出てきた。まあ、大丈夫だろ。


わざわざ千歳にラインして準備してきました感も出したくなくて、直接三年の教室に向かう事に。俺が二年だからか、足を怪我してるからか、はたまた生徒会役員だからか三年フロアでジロジロ人に見られてなんかすっげー嫌。ッチ、見んじゃねーよ。


あんま来ることのない三年フロア。
千歳のいるクラスは一番優秀な1組。生徒会の人たちはみんな1組に居るから教室で過ごしてる先輩たちはどんな感じなんだろ、って思いながら教室を覗いてみた。


髪の毛の色が独特だから結構すぐ見つかった二人。
紫乃さんは机に突っ伏して寝てるし、有岡さんはほかの人たちからお弁当を食べさせてもらってる。なにやってんだあの人。

でもあの茶髪頭の野郎がいない。はあ?トイレか?

失礼しまーすと、心の中で呟きながらズンズン教室の中に入っていく俺に、周りはちょっと驚いたようだった。そんな彼らを無視して、有岡さんのもとへ。…紫乃さん寝てるし、起こすのはしのびないから。


「あれぇ?涼じゃん。超吃驚したぁ〜、なんでここいんのぉ?」


俺の姿を見て目を見開いた有岡さん。大きな目が猫みたいになってる。俺も他の人からご飯を食べさせてもらってるあんたにめっちゃ驚いてるよ。


「すみません、ちとs・・・会長います?」

「会長ぉ?なに、会長に会いに来たのぉ?」


改めてそう言われると答えにくいな。
有岡さんが俺の手元の紙袋に視線を移してきたから、まずい、と思う。いや、別に何か変な意味合いがあるわけではないけど、お礼に手作りお菓子って改めて考えると女子みたいでアレじゃん。


「まぁ理由はどうでもいいけどぉ〜、たぶん生徒会室いると思うよぉ。ここにいないならねぇ」


そう言いながら立ち上がって教室を見渡す有岡さん。一通り見渡した後「いないねえ」と言ったから、生徒会室に向かう事にする。


「わかりました、ありがとうございます。」

「また遊びにおいでぇ〜ご飯一緒に食べさせてあげる」

「…遠慮しておきます」


お弁当からして手作り感満載のそれ。
知らない人の作った弁当とか怖すぎでしょ・・・何入ってるかわかんないし。手作りを千歳に渡そうとしてる俺が言うのもあれだけど。

有岡さんに頭をさげ、さっさと生徒会室に向かう。
なに、あいつ昼休みまで仕事?
それとも昼寝か?


生徒会室の扉に手を掛けるとすんなり開いた。
まじで千歳いんのか。


「お邪魔しまーす」


言う必要なんて全くないんだけど、なんとなく言って入った。突然こられたらビックリさせちゃうだろうから。

そんでもって、デスクでちょっと目を丸くしながらこちらを見る千歳がいた。
ノーパソと向かい合って、何かをしてたらしい。


「…仕事してたの?」

「ああ。少し」


まじかよ。

少しというわりには、千歳の机の上がプリントで散らかっていた。
千歳のとこまで歩いて行って手元を覗いてみる。

・・・あ、来週のやつの詳細まとめてんのか?


「お前は何しに?」


ギッ、と椅子に寄りかかりながらコーヒーを飲み始めた千歳。もしかして俺仕事の邪魔しちゃったかな


「…いや、お前にちょっと…あったんだけど、お前の仕事がキリのいいところまで待つから」


それともこれ渡してさっさと教室戻った方がいいかな?
紙袋をギュッ、と握って一瞬考えるが結局千歳のソファにドスンと座る。

うーん、さっさと渡して帰っちゃったほうが良いなやっぱ。
そう思って、口を開こうとしたら千歳が立ち上がった


「今聞く、なに?」


コーヒーを持ったまま俺の隣に腰かけた千歳。え、いいのかよ。
俺を優先してくれた千歳に少したじろぐが、紙袋をチラッとみたあと千歳にそれを渡した。
さっさと退散した方がいいしな。


「昨日の御礼」


なんか手作り渡すのってやっぱ恥ずかしい。
柄にもなく意識してしまってる自分が嫌で、唇を噛みながら千歳の胸にボスン、とぶつけた。
チラ、と千歳の顔を伺うと少し驚いているようだった。なんだよ!もっとなんかリアクションしろよ!


「…サンキュ」

「お、おう」


何か茶化されるのかと思ったら、素直にお礼を言われた。
いや、これ俺がお前あての御礼なんだからお前がお礼を言う必要ないんだけど。
つか普通すぎて逆に怖い

と、思っていたら。


「・・・何笑ってんだよ」


吐息を溢すように軽く笑い、口元を緩めて紙袋を見ている千歳がいた
前言撤回
やっぱりこいつがこんな俺を面白がらないわけないんだよな。



「律儀なやつだなって思って」


コーヒーを机に置いて、紙袋に手をつける千歳
それは褒めてるのか。
それにしてもやっぱちょっと気まずいな。
目の前で開けられるの反応が気になっちゃうんだけど。


「もしかして手作り?」

「そうだよ!悪かったな!」

「誰も嫌だなんて言ってねーだろ…。」


つか今更だけどこいつ甘いものとかどうなんだろう。今まで特に気にせずお菓子食わせたりしてたけど、特に嫌がる様子とかなかったから大丈夫かなって思ってたけど。もしダメだったら持って帰って一人で食べよう。

包装紙なんて無かったから、キッチンシートをアレンジして包装した。ググればどうにかなるもんだ。

その包装紙を破って中身を出した千歳。
その反応が気に入って隣でガン見してたら「それやめろ」って言われた

うるせー!気になるんだよ!
さっさと食えよ!


「へぇ、綺麗じゃん」

「まあね」


褒められて一気に天狗になる俺。
俺もそう思うもん。

指に挟まれたチョコフロランタンが千歳の口に運ばれていく。
ちょっとドキドキしながらその様子を見てたら、さすがにウザかったのかもう片方の手で目隠しされた

ぐわあ!


「見んなっつーの」

「気になんだもん!!」

「充分うめーよ」


その言葉に、まじか!と喜ぶ俺
よかった、千歳の口にあって。合わなかったら御礼じゃねーもんな。

でもこの手邪魔だな


「よかったー、お前が甘いの嫌いだったらどうしようかと思って。」


目隠しされながら安心する。
今かなりだらしない顔してるんだろうな俺。自分でもめっちゃニタニタしてるってわかるもん。


「嫌いじゃねえし、結構嬉しい。上手だな。」


パッ、と手を離された。
目の前には千歳の整った顔。クールな目元が優しく綻んでいて、普段の顔とのギャップにやられる。他の生徒はこいつがこういう顔をするってこと、知らねーんだろうな。


「いや…まあ、俺も助かったし…」


今日、自分で湿布を変えて包帯を巻きなおしてみたけれどあんまり上手くいかなかった。やっぱ千歳は器用なんだな、と思わせられた瞬間。

思いのほか、千歳が俺のお菓子を褒めてくれたから逆に照れくさくなった。
もっと馬鹿にされるのかなって思ってたんだけど。例えば男が手作りって(笑)とか。


「…なに?照れてんの?」


モジモジと自分のセーターの裾を弄ってる俺を見て、千歳が言った。
俺の顔に手を添えながら覗きこむ千歳。
手持無沙汰だったのか、サラリと俺の髪を耳に掛けてきて不覚にも息が詰まった。

・・・ち、


「近いな、おい。」

「そうか?」


割と。
千歳の目の奥が窺えるくらい、近い。色素の薄い千歳の目。
まつげが一本一本見える。


「お前、昨日言ってたじゃん」

「何が」

「今更俺を意識するわけねーだろって」


挑戦的な目で、千歳が言った。
・・・これは俺を煽ってんのか。確かに昨日そんなこと言った気がする、よく覚えてたな。
別に、今、千歳を意識をしてるわけではない。ただ、ちょっと、千歳の雰囲気が甘ったるいから違和感を感じてるだけで。

何と言っても、俺の髪を梳く指先が優しすぎる。
さっきから俺の後頭部の髪先を弄っている千歳

これが気にならない奴はいないだろ。


「なんか、顔赤くねえ?涼」


そんな俺にフッ、と千歳が鼻で笑った。
その言葉に余計、熱が顔に集まっていくのが分かる


「気のせいです」

「へえ」

「その目やめろ」


完全に俺を馬鹿にしてるだろ
顔をそらしたくなったが、ここで反らしたらさらに馬鹿にされそうだったからギッと睨んだ。

とはいっても、顔が熱いのはどうすることもできない。
一瞬で冷静になれればいいものの、一度心臓が活発になるとなかなか制御できないらしい。空回りに空回りを重ね、余計に心臓がドッドッド、と煩くなっていった。

なんだ?なんかおかしいな。
千歳に褒められて照れたせいか。普段ならこんなことないのに。


そう思いながら熱い吐息を吐いた時、ソファが微かに軋んだ。


俺は動いてないから、千歳が動いたんだろう。顔がさっきより近くなった気がする。
さっきもただでさえ近かったのに、今度は鼻先がつきそうな距離


・・・さ、
さすがに、近すぎないか


そう思った時だった。


「頑固だな」


そう呟いた千歳。
俺の後頭部にあった千歳の手に力がはいる

俺の様子を楽しむように、ゆったりと細められた千歳の目
それがギリギリまで近づいてきたと思ったら、唇に柔らかい感触が当たった。

コーヒーの匂いと、仄かな甘み
しっとりと吸い付いてくるそれ

チュ、と唇を吸われた感触がして俺は頭が真っ白になる



まばたきを、一回したかしないか



そんな一瞬の出来事のあと、千歳がその形の良い唇にひっそりと弧を描いた


「ごちそうさま」





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bkm