誤算、伝染中 | ナノ
04



嫌いなものと言えば。


俺はもう一つどうしても嫌いなものがある。

いや、もちろん侑くんを危険にさらす輩も嫌いなものに入るかもしれないが、それは嫌いなものではなく、抹殺対象だ。小鳥遊はまだ嫌いな奴で済んでる。運が良かったな。

ちなみにその嫌いなものというのは、ある科目・・・ある授業だ。
勉強は別に苦じゃないけど、その授業だけ絶対無理。


それは、

体育!!!



「死ぬっ!!!」


日差しが眩しい中、皆一つのボールを追いかけてている。
足で転がして、足でパスを回し、シュートを入れる、名前をサッカーという競技。

俺は思う。

こんな競技の何が楽しいんだと。



「住吉、ちゃんと走れー!!」


先生に注意をされたけど、俺はこれでもちゃんと走っているつもりだった。
つか本気で走ってんだけど!!!
走ってるんだけど、俺が追いついたころにはみんな逆サイドに行ってるんだよ!!


くそっ・・・今日体育あったの忘れてた…。
今日の朝の邪魔者と言い、日程と言い・・・!

侑くんと話したこと以外いい事なんもなしだ!


「住吉くん!パス!!」

「はぁっ!!?」


俺に気を遣ったのか、左側にいたチームメイトが俺にボールを寄越してきた
余計なお世話してんじゃねえよ!!!


しかし、回されてしまったものは仕方ない
パスを受けなければ、と右足を伸ばしてボールに触れようとした


が、見事に俺の右足はボールをスルー


というより、右足が前に出すぎて、遅れて出てきた左足の元にボールがやって来た

そして、左足がボールの上にのってしまうという状況に至る


俺の身に何が起きた!!!


「うわあぁっ!!!」


気づいたら、自分でも訳が分からないまま尻から地面に転がっていた。
ステーンッと勢いよく転んで足がグキィッてなる。


いっっっ
たいっっ!!!!!!!!!!!


まじで痛い!!!!!




「す、住吉くん!!?」


俺の惨状に驚いた周りの奴らが一斉に集まってきた。
大丈夫!?と声を掛けられる


「だ、大丈夫・・・」


じゃないけど…。
死ぬほど恥ずかしいし、足が痛い。
あと尻。


つか間抜けな俺を凝視すんじゃねえ!


「立てそう…?」


チームメイトに手を差し出さた。
・・・どうだろ。左足グネったけど、大丈夫かな。


「ありがと」


差し出された手を引っ張ろうと右手を伸ばす。

が、そうする前に、誰かに後ろから引き上げられた。
俺の脇の下に誰かの両手。


うわっ



「大丈夫?」


聞き慣れた声。
支えられたまま、地面に立たされた


「真澄か、びっくりした」


違うやつに身体引き寄せられたのかと。
俺に手を差し出していた奴がポカンとしてたが、俺の頭の上らへんを見た後気まずそうにそそくさと俺から離れていった。…?なんだ?


振り向いてみると、俺の頭の少し上には真澄の顔。
俺と目が合って「足は?」と聞いてきた。


「そこまで痛くない。ぐねった瞬間はめちゃ痛かったけど、動かしても平気だから捻挫はしてないと思う」

「そう、じゃあ良かった…。」


「住吉、大丈夫か?」


先生がやってきた
おめーが俺を無茶させるからこうなったんだよ!


「擦り傷痛いんで保健室行っていいですか」


あと一応湿布も貰っておきたいし
ふくらはぎの側面が割と血出てる

うわっ、垂れてるし!


「俺も付き添いで行ってきます」

「いや一人で行けるから大丈夫。」

「でも…」

「まじで大したことないのに付き添いとか恥ずかしいだろ」


真澄の心配そうな顔に思わず笑いながら先生に一礼する

あと体育サボる口実も出来た。最高。
なんで週2で体育あんだろ…意味わかんねーわ…

昔から俺は運動が出来ない奴だった。走るのは遅いし体力だってない。成績も体育だけ3だ。まじで許せない。いや、俺が悪いんだけど、仕方ねーじゃん運動音痴なんだから。

ズキズキする足にイライラしながら保健室に向かう。

けれど保健室のドアには『不在中』と書かれた紙が貼られていた


「・・・」


まじで。

最悪だと思いながら一応ドアに手をかけるとドアが開いた

あ、ラッキー

まあ、そのうち先生も来るだろ。
サボってよ。

と思いながら保健室内に入る。



すると、


「涼」


と誰かに声を掛けられた。




「っ!!?」


まさか誰かいるとは思わなくて、ドキィッてなる。


な、な、
誰だよ!!


「千歳!?」


声のした方に視線を送るとなんと保健室のソファに千歳がいた。
シャツ一枚にかなり緩んだネクタイをしてる千歳。完全にリラックスした状態だったんだろう無駄に色気を振りまいてる。

…なんでお前がここにいんだよ!


「佐々木ならついさっき職員室戻ったぞ」


佐々木っていうのは保健室の先生の名前。
張り紙みたからわかるわ。


「つかなんでここいんの」


驚いた心臓を落ち着かせるように深く息を吐く。あー、まじでびっくりした。サボりかこいつ。生徒会長の癖に。


「寝に来た」

「生徒会室のソファでいいじゃん」

「あそこは日当たりがわりーんだよ」


こだわりがあんのね。
ふーん、と返事をしながら消毒液とかおいてあるところに行く。

…これ勝手に使ったら怒られるかな。


「盛大に転んだな」


俺の足を見ながらそう呟く千歳。眠そうな二重の目が俺の足をジッと捉えている。
確かに見た目は血だらけだけどそうでもない。


「ボールに乗るってのはなかなか出来ねーよ」

「見てたのか!!」


え、保健室からグラウンド見えるっけ!?
ハッとして窓の外を見ると、確かにバッチリ外を伺える。
め、めっちゃ見えんじゃん…


「相変わらずだな」

「寝てろよ…なんで起きてんだよ」


千歳の俺への馬鹿にした発言にイライラしながらコットンを水で濡らす。ソッと土と血を拭った。

汚ねえ…最悪・・・。


「捻挫は?」


千歳が立ち上がって俺のところにやってきた。ふわりと、微かに千歳の香水の匂いがする。


「してないと思うけど、少し痛いから湿布はしておきたい」

「いてーの?じゃあ早く冷やさねえとだろ。そこ座れ」


俺が何か言う前に長椅子に誘導された。命令口調なのむかつくな

とか思いつつも座る。
冷蔵庫から氷嚢を出した千歳。
そしてラップも持ってきて俺の前にしゃがんだ。


「え、なに」


その様子にギョッとする。

すると俺の足を、千歳の大きな手がそっと触れてきた。綺麗な指に、タラリと俺の血が付く。
いや、いやいや!
何してんの!


「指汚れるから、俺がやる」

「んなことどうでもいいから、さっさと靴下脱げよ」

「いや、さすがに気が引ける!」


天下の会長様だぞ。
そんな奴に、俺の汚い足さらして手当てさせるなんてできない。

そんな俺に、千歳が笑った。


「今更何言ってんの。昔しょっちゅうやってただろうが」

「む、昔の話じゃん…。」


確かに、俺が小さいときもしょっちゅう転んで、千歳がそのたびに手当てしてくれていた。
でも俺はもう高2だぞ。

この俺が遠慮してんだから、お前も遠慮しろっつーの!


「・・・まあ、いいけど」

「ギャァッ」


俺の意思を汲み取らず、さっさと靴下を脱がせてしまった千歳。
驚いた拍子に足を動かしてしまって、痛みに悶絶する。


「暴れんなよ」

「暴れるわ!きたないだろ!」

「あーもう、うるせえな。」


嘘だろ、まじか。
俺の言葉をすっかり無視したまま、氷嚢を足首に当ててきた。
ひんやりと冷たい氷に、吐息を溢す


「場所、ここで合ってる?」

「あ、合ってるけど…」


いつも見上げる側の俺にしてみたら、千歳を見下ろすのはかなり新鮮なこと。
千歳の涼しげな目が、時折確認するように俺を見上げてきて不覚にもドキリとする。

顔はな・・・。顔は嫌いじゃねえから。芸術品みたいなイケメン具合だから。それがウザいんだけど。

なんだか気まずくて、なるべく千歳を見ないようにして保健室を見渡した。


・・・。それにしても、冷たいな。
ジンジンと冷えた血液が足を流れる感じが痛い。

そんな事を思っているうちに、ラップで氷嚢の固定が終わった千歳が立ち上がった。


「冷てえ?」

「当たり前だろうが」


お前だって氷嚢触ってたからわかるだろ、この冷たさ。
今にも剥がしたい気持ちになるけれど、千歳がやるんだからこの処置が正しいんだろう。

つか、お前寝たいんじゃなかったのかよ。
俺なんか構って、休憩時間少なくしていいの?


「足ほっせえなお前。」


突然何を思ったのか、俺の足に消毒液をかけながら千歳がそんなことを呟いた。
うぜえ…。わかりきったこと言うなよ。


「どうせガリガリですよ…。」

「・・・勿体ねえ事してんじゃねーよ」

「何が」

「綺麗な足してんのに、怪我して。」


は。

千歳の言葉に思わず目を丸くする。
大きめの絆創膏を二か所に貼り終えたところで、俺の足にそっと、千歳が触れてきた。

スルスルと膝小僧からふくらはぎを撫でてきた千歳の手。
さっきまで氷をもっていたからか、ずいぶんと冷たい。

いや、つか、


「その手やめろよ!」


なんで人の足そんな撫でてんだよ!
しかもちゃっかり綺麗とか言ってるし



「はぁ?別にいいだろ、撫でるくらい。」

「せ、セクハラだろ・・・。」


言っといて恥ずかしいけど。
あとなんか厭らしいんだよこいつの触り方が。


「手当てするなとか、触るなとか…随分面倒くせー奴だな…。」


盛大にため息をつかれた。
俺悪くないから!なんでさもそんな俺が注文多い奴みたいな・・・。

ムッとしていたら千歳が俺の隣にドスッと腰かけた。
背もたれに腕を回して、リラックスモードに突入してる。

結局、最後まで手当してもらってしまった。



「…手当、どうも。」


非常に屈辱だが、一応お礼を言っておく。
いやいや言った御礼に、フッと口を緩める千歳。


「どういたしまして。何かお礼期待していいわけ?」

「御礼なんてねーよ。千歳が勝手にやったんだから」

「そうかよ」


手当てされた左足を見てみる。
うーん、非の打ちどころがねえな。


「そういえば、ピアスも千歳じゃないらしいな」

「ピアス?…ああ、侑介な。言ってんだろそうだって。」


今日の朝聞いたことを千歳に話す。
いや、信じられねーしお前の話なんて。
こいつが嘘ついたことはないけどね。俺が信じないだけ。


「そのおでこは?」


今度は俺が質問された。
おでこ・・・やっぱり目立つのかこれ。
もう必要ないから剥がしとこ。


「真澄への嫌がらせ。でも質問されんのだるいから剥がす」


ペリッとおでこから絆創膏を剥がす。
俺の顔を覗いてきた千歳。


「ちょっとしか皮むけてねーじゃん」

「だからただの嫌がらせって言ってんの。」


なかなか痛かったんだけどな。
大した傷にならなかった。

足にガチな傷負ったけど。




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bkm