誤算、伝染中 | ナノ
02


朝。
今日はいつもより少し早めに起きた。
というのも今日こそは侑くんと一緒に登校するため。

また気持ち悪いと言われたら俺死んじゃうので、控えめに、ハート一つの絵文字でメッセージを送る。

『おはよう!(ハート)
朝だよ侑君(ハート)』

合計ハート二個になったけど、まあいいだろ。いつもよりうるさくはない。


「おはよー!!ございます!!朝です!!」


共同スペースに出て、恒例の挨拶をする。
いつもより声大きめ。
俺怒ってるからね。


というのも、昨日の夜、
理不尽にも俺はおでこを噛まれた。
ガブッ、と。理不尽にも。
自業自得とか言うな。


そのおかげで、今の俺のおでこには絆創膏が貼られてる。
いや、本当にちょっと皮がむけた程度なんだけどね、痛くないし、
ぶっちゃけ真澄への嫌がらせでもある。


鏡の中の自分
おでこにペターンて絆創膏。


間抜けだ…。
思いのほか、間抜け具合が増していやがる・・・。


そんなことを思いながら、洗顔歯磨き寝癖直しを終える。
既読はついてない、と。


「…おはよう。」


真澄が眠そうな顔をしながらやってきた。
寝起きだからガラガラした声をしてる。


「おはよ。」


一応挨拶は返すが、心の中では別の事を考えていた。

来たな、
バイオレンス野郎・・・!


「真澄」

「ん?」

「昨日はおでこ噛んでくれてありがとね」

「・・・。はあ、こちらこそ、裸でたくさんキスしてくれてありがと。」


皮肉を言ったつもりなのに、皮肉で返された。
次は口にキスしてやろうかこの野郎。


「実際今も痛いの?」


真澄が俺の前髪に触れる。
眠そうに少し伏せられたまつ毛のせいか、芯の無い声色のせいか、心配されてると思わせらちゃう。やめろやその顔。


「しらーん。朝、たべる?」

「いらない。ねえ、おでこは?」

「しらーん」


真澄の質問にはちゃんと答えず部屋に戻る。「涼!」と名前を呼ばれるけど無視。気になるくらいならするな馬鹿

んー、今日は何たべよっかな。
たまごかけごはんでいいかな。

時短飯にすることによって、いつもより早めに部屋をでるだろ。
んで、侑くんの部屋の前で待ち伏せするだろ。

そして一緒に学校に行けると。
完璧だ!うふふ!

そんでもって、昨日聞けなかったことを侑くんに聞いちゃお!
何が何でも会ってやるぞ侑君!


ーーー



朝七時半。
侑君の部屋前にて。



「うわっ」

「おはよー侑くん!うへへ!」


部屋の前で待ち伏せしてたらやっと侑くんに会えた。あまりの嬉しさに抱きつく俺。
さすがに驚いたのか、俺の勢いに負けた侑くんが壁にドンッとぶつかっている。


「、なんで…」


予想以上に驚いてる侑くん
なんで?
なんでって、なにが?

というか七時半に家出るなんて、早いんだなあ。
通りで会えないわけだよ!


「昨日はラインありがとね!俺嬉しくてすぐ元気でたよ!」


侑くんの胸に張り付きながら頬をつけ、満面の笑みで侑くんにお礼を言う
どこか気まずそうな顔をしながら、俺を剥がす侑くん

もぉ〜釣れないんだから〜
そういうところも好きだけど〜!


「朝から待ってたわけ?」


俺を置いて歩き始めた侑くんが俺にそう聞いてきた。
待ってたと言ってもほんの10分くらい。
数人が俺の前通ってたけどぎょっとしてたもん。挨拶されても無視したけど。


「ちょっとだけね。というか侑くん朝早いんだね、ごはん食べてる?」

「食べてねえよ。」

「やっぱり・・・、俺が作ってあげようか?」

「いらねえ」


なんでぇ。
俺侑くんのためなら、時間も惜しまないのに…。
確かに、侑くん朝は食欲ない子だけどさ…お腹すかないのかなあ。

とか思いながら侑くんの後ろをテクテク歩く。
歩幅のせいか、いつも置いてかれちゃう俺。

侑くんが175cmで、俺が164cm。足の長さが違う。
なぜ、こんなにも差が出来たのか、本当に不思議でたまらない。
同じ男なのになあ、おかしいなあ。
遺伝の問題?なんてね。


「つか・・・、そのおでこ何。」

「おでこ?」


エレベーターの中に入った時に、ふと聞かれた。
朝早いお陰で二人だけの空間。突然おでこの事言われても良く分からなかったが、そういえば絆創膏を貼っていたっけ、と思い出す。


「ああ、真澄に噛まれたんだよね」

「・・・は?」


侑くんの動きが急に止まった。
ボタンを押す手がピタリと寸でで止まってしまっている。


「昨日ね、色々あっておでこ思い切り噛まれてさあ、今はあんま痛くないんだけど・・・あいつそういうとこあんじゃん。だからドMのファンが多いんだよ。」


俺の言葉にシーンとなる室内。エレベーターは閉じたけれど、階のボタンを押してないからエレベーターが動かずにいる。

えっ、なに。
なんで侑くん固まってるの?

それとも、あれかな。
心配されるフラグ立ってる感じ?

心配してもらうフラグ立ってるのかなあ!!


「あ、あ〜!・・・実は、結構痛かったんだよね〜!おでこ!あいつ俺に覆いかぶさってきてさあ!ガブッてしてきてさ、痛かったんだよね〜!そういえば!」


さっき痛くないとか言っといて、今度は痛いと言い始める俺。激しすぎる掌返し。
「うえーん」と泣き真似をしながら侑くんの背中に頬をすりよせ、腰を抱きしめるような形で腕を回す

はぁ…侑くんの匂い・・・
良い匂いするよ…。このジャケット欲しい…盗むわけにもいかないしな…。
でもめっちゃ欲しい…。今度ジャケット新しく同じの作ってこっそり交換しとこうかな…。つかこのジャケットになりたい。


グリグリと侑くんの匂いを堪能しまくるが、いつまでたっても剥がされることが無くて不思議に思って顔を上げる

あれえ?
いつものベリィッてのがこない。


「侑くん?」


俺の声に侑君がハッとした


「…、なんでもねえよ」


そう言いながらやっとボタンを押し、俺の事を引きはがす。
あーん。やっぱこうなるのー。


「どうせまた、お前が真澄を怒らせるような馬鹿やったんだろ」

「や、やってないもん…。」


声かけなければ良かったかもしれない、と後悔しながら侑くんの言葉を否定する。
俺は喜びを体で表現しただけであって・・・。別に・・・。


チラ、と侑くんを見上げてみると、何かを考えるようにすっごい眉間に皺を寄せていた
なんでそんな険しい顔してるんだろ。可愛いけど。


しいていうなら、と言葉をつづける。
俺に視線を寄越す侑君。


「ただ、喜びのあまり裸のまま真澄にキスしてたらやられた」

「馬鹿じゃねえの!!」


コンマ1秒でツッコみを入れられた。
その勢いに思わずびっくりしてしまう。

えっ、えっ、
えっ?
なに?


「あ、裸って言っても、下着は履いてたし…キスだってほっぺとかおでことか…」


侑君の反応に一応訂正を入れておく
そんなに怒る事かな。
慌てる俺に「そういう問題じゃねえよ!」と言う侑くん。


「俺の事より自分の事気にしろよ、裸でキスするとかお前下手したらそのうちマジで・・・」

「?ん?」


そのうち?


言葉の意味が捉えられず首を傾げる俺に、舌打ちをする侑くん。
そのあと、目を閉じて盛大にため息をつかれた。

「なんで自分の事になると何もわかんねーんだよ」と呆れと苛立ちの籠った声で呟いている。

え、俺また怒らせちゃったの?
なに、何が問題だった?


「侑く・・・『ポーン』」


その時丁度エレベーターが一階についてしまって、二人きりの時間が終了した。


ああ〜〜嘘〜〜!!
もっと侑くんと俺だけの空気を味わってたいのに!!!
あと5分しないうちに学校ついちゃうよ!ああ!そんな!

エレベーターを先に降りた侑君に続いてしぶりながら俺も続く。
その時ある事を思い出した

あっ、そうだ!ピアス!


「ねえねえ、侑くん!そういえばさ、ピアスって誰に奨められたの?名前が『ち』で始まって『せ』で終わるやつ?なんかすっげー完璧すぎてうざい奴だったりする?この学校の生徒会長だったりする!?」


危ない危ない!
俺はこれを聞こうと思ってたんだよ!あと生徒会入ってくれるかどうか!

もし、千歳がすすめたようだったらまじで覚えてろ。
おめーのその耳を遣い物にならなくしてやるよ!!


「なんでそこで千歳が出てくんだよ…」


なんか疲れ切ってる侑くんの声色。
えっなんでそんな疲れてんの侑君!一日はこれからだよ!


「あ、あいつピアスつけてるし…あと、一応俺らの幼馴染じゃん?」


親の関係でな。
昔からつまらなそうな顔をした奴だったよ。

「千歳は関係ねーよ。ただの俺の気まぐれ」


侑くんがピアスに触りながらそう呟いた。
本当かなあ…。侑くんの意思でつけたのなら良いんだけど…

可愛い侑君の耳たぶに穴なんて…。


「・・・実家帰るときはちゃんと外していきなね。」


侑くんの腕にそっと触れながらそう伝えた。
一応身なりとかにはうるさいから、うちの家。侑くんが髪染めた時も煩かったし…。なんで侑くんが髪を染めたのかわからないけど。黒髪、似合ってたのにな。

しかも大事な息子が高校生のうちからピアスを開けたなんて、お母さんは許せないだろうから。


「なんで。」


侑くんが俺に視線を向けた。
なんでって・・・


「お母さんに、怒られちゃうよ。」

「・・・なんでそこであのババアが出てくんだよ。しかも涼がそんな顔をする意味がわかんねえ」


ば、ババアって!
侑くんの口から出てきた単語にギョッとする。
仮にもお母さんでしょうが!!!


「侑く、・・・・!?」


注意をしようとしたら、顔に手を添えられた。俺の顔右半分を左手で包みこまれる。

そしてそのまま右頬を引っ張られ、鈍い痛みが走った


えっ、
ご褒美・・・!?


「お前はいつも通り、能天気に生きてればいいんだよ」


俺の顔を覗きこみながら、そう呟いた侑くん
目を見開く俺に微かに笑いながら、手をパッと離した



な、


なにその口説き文句〜〜〜〜〜〜!!!




侑君の言葉と笑顔に腰が砕けそうになりながら、つねられた頬を押さえる
しかもあの微笑み、最高に、最高に、最高。
無理、可愛すぎる。

俺の弟可愛すぎる!!!


「でもストーカーはまじでやめろよ。」



なんか釘を刺されたけど、今の俺には入ってこない。
自分の顔を両手で挟み込み、甘ったるい吐息を溢す俺。

なんか…。

俺、今日死ぬかもしれない・・・。
てか、今なら死んでもいい。





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bkm