誤算、伝染中 | ナノ
19

侑くんのその一言に俺停止。


かっ…、

かわいい、

ひと?


「え」


俺は囁かれた側の耳を抑えながら侑くんを見上げた。
バクバクと煩い心臓。口を開けたまま何も言えず、閉じてはまた開けてを繰り返す。

俺は可愛くなんかないし、自惚れてもない。
けれど、侑くんにそんな事言われたらどんな反応をするのが正しいのか、わからなくなる。

素直に喜べばいいものを、なにガチ照れしてるんだ俺は…!!


「このくらいなんてことねーだろ」


固まっている俺を見下ろしながら侑くんは俺から顔を離した。
数cm先の距離にあった侑くんのまっすぐな目。
動揺も、羞恥も一切見せることなく、相変わらずの態度。

なんてことない、というのは前のお題に比べてだろうか。
それとも過去にもっと凄いことを俺に言ったことがあるからだろうか。

そりゃ、好き、とかに比べたら、なんてことないかもしれないけれど、

でもここは公衆の面前だ。
全生徒にこのお題の中身が伝わってるわけで。

俺どんな顔をしてればいいの。


『あららぁ〜?涼固まっちゃってんじゃないのぉ?』


会場が盛り上がりを見せるなか、マイク越しの有岡さんの声がした。
ニヤけ声。顔を見なくても笑ってるのがわかる。
有岡さんの言う通り、俺は固まったまま一点をみつめていた。

そりゃそうだよ
侑くんを知っている人間だったら絶対信じられないはずだ。
有岡さんだって、絶対わかってるはずなのに!


『弟さんに可愛いと思われているらしいですが、その点はどう思いますか?』


「ど…、どうって」


司会者が追い打ちをかけてきた。
光栄ですとでも言えばいいのか?

だけどあまりにも照れすぎていて、そんなことも言えないから、口籠る。
こんな、人に見られてる状況で、なんで拷問みたいな目に合わなければいけないんだ…!しかも千歳の回もあった直後に!


「こいつの顔見てわかりませんか」


色んな感情が入り混じって返答に困っていたら、侑くんが俺の代わりにそう言った。

俺の顔。
真っ赤なのは自分でも想像できるが、どんな表情をしてるのかまでわからない。
チラ、と侑くんを見上げると俺の顔を見て微かに笑った侑くん


いやっ、俺どんな顔をしてるんだよっ!
そんなひどい雌面してるとでも?


「もう終わりでいいですよね?」


あえて言うつもりも無いのか、侑くんは俺の頬をひと撫でして司会者に向き合った。
熱い指先に僅かに体が揺れる。
司会者も俺の反応から色々察してるらしく、なんも言ってこない。


『…なぁんか、見せつけられてる感じ〜』


つまらなそうな声で有岡さんがため息をついた。
別に見せつけてるつもりなんてないですが…!?


「勝手に楽しんでるのそっちじゃないですかっっ」


ようやく反論できた。といっても顔を真っ赤にして吠えてるからダサいにも程がある。しかもメイド服。情けない


『はいはい、可愛い可愛い。侑介お題に沿ってるから合格ぅ〜』


急に適当になった。有岡さん、飽きたな。
手をパタパタさせて、あしらわれる。

それでいいんだけど、そんな急にされたらされたでムッとしちゃうな。
いや、これで解放されるのはありがたいんだけどね!


有岡さんの気が変わる前にさっさと壇上を後にする。
ようやく解放されたと思ったと同時にめちゃくちゃ大きなため息が出た。


つ・・・

つかれた・・・。


「ご、ごめんね侑くん、俺全然しゃべれなくて…」


色々庇ってもらってしまった…と思って侑くんに謝る。
未だに体が熱い気がする。なんか、ボーっとするっていうか。


「なんで謝んの」


侑くんは早々にジャケットを脱ぎ始めた。
Yシャツになった広い背中の侑くんの姿。その姿についドキッとしてしまう。

うっ…
つい、かっこいいって思っちゃうの凄く複雑…


「むしろそこまで意識してくれんのありがてーけど」

「え・・・?ぶわっ」


顔面に突然投げられたジャケット。

えっっ、侑くんの脱ぎたてジャケット、くれるのっっ!?


「なんでお前まだその恰好なんだよ」


貰えたことに喜んでたら今の服装を指摘された。
ハッ、確かに醜すぎるよなこの格好…!隠せってことか。


「ありがと…。なんか、俺のジャージ盗まれちゃったっぽくて」


侑くんのジャケットを羽織りながら、原因を答える。
いや、まじで俺のジャージどこ行っちゃったんだろう。
ジャケットの温もりに頬を緩めてしまっていたら、侑くんが険しい顔をした。


「はあ?」


えっ、怖い!


「いや、盗まれたのかわかんないけど、所在がわからなくなってて…!」


靴だけは無事だったけど!と謎の言い訳していたら、滅茶苦茶ため息をつかれた。
・・・いや、待てよ?俺のですら盗まれるってことは、侑くんのジャージは・・・?


「ゆっ侑くんのジャージは無事なの!?」


もし盗まれてたらそいつ見つけ出して二度と日の目を見させなくしてやる…!!
慌てて更衣室のところまでいって、侑くんのボックスを確認する。


「誰も盗まねえよ」


俺の様子に呆れた様子の侑くん。
いやわからない、侑くんはすごくモテモテだし、俺だったら絶対盗んでるし。
なんならこのジャケットだってこのまま盗みたいし。


が、いざボックスをチェックしてみたらちゃんと侑くんのジャージは存在してて。
あれえ?



「ほらな。」


おかしいな・・・。侑くんだったら絶対盗まれると思った。

俺の件があったから警備が厳重になったのかな…。
体育委員にめっちゃ言ったし…。


「おかしい…」

「おかしくねーよ。気をつけなきゃなのは涼だからな、色々自覚しろよ。」


侑くんのジャージをまじまじと見ていたら、侑くんにそう言われてしまった。
俺からジャージを取ってしまう侑くん。


自覚。
真澄にも散々言われてるやつ。

俺、そんな価値のある人間じゃないのに…。


「もう一回さっきと同じお題でお前のこと壇上に登らせてやろうか?」


俺が納得できずにいたら、そんなこと言ってきた。
えっ…!?

その一言に驚いて顔をあげると、予想以上の至近距離で俺を見下ろしていた侑くん。
真っすぐと俺を見て、相変わらず怖い顔をしている。


「ゆっ…」

「自覚するまで、何度でもお前に言うけど」


言う、というのはきっと、お題の内容をであろう。
さっき壇上で俺に囁いたみたいに、何度も。

またさっきの事を思い出してしまいじわじわと熱が上がっていくのを感じた。
しかも、なんか、これ、前にも真澄に言われた気がする。同じような感じで、俺には自覚がないって…。

でも侑くんにそんなことを言われ続けたら、いつか俺は破裂してしまう。
あんな吐息で、間近な距離で侑くんの声なんかで言われたら。


「そ、それは、勘弁してください…。」



弱弱しすぎる声で、侑くんにお願いした。





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bkm