誤算、伝染中 | ナノ
20


また俺は侑くんに対して情けない態度をとってしまった。

本当だったら、侑君の言葉、態度を意識してはいけないのに、照れてしまって何も返せず黙ったまま逃げて。

こんなの本当によくない。俺らは兄弟なのに。
なのにどうして俺ははっきりとそう言えないのか。
…なんなら、第三者に侑くんとキスしたところ見られたかもしれないのに。俺は…。

流れに身を任せたままの意思の弱い俺自身に、激しく後悔した。


そんな後悔真っ最中のところで、俺の役目も終わったことだし、テントにまで送り届けられることに。
…小鳥遊に。


なぜ侑君でないのか!!!


「そんなあからさまに不満そうな顔しないでくださいよぉ」

「侑くんが良かった」

「そのジャケットで我慢してくださいね」


俺の歩幅に合わせながらゆったりと歩く小鳥遊。
侑くんは小鳥遊を見つけたら早々、小鳥遊に俺をパスしてあっちの組のテントのほうへと歩いて行ってしまった。

俺に残されたのは侑君のジャケットだけ。

なんか、そんな途端にあっさりした態度を取られると、不安になる。
さっきのって俺の妄想だったのかな、とか思ったりするし、それが正解なんだという矛盾で心が満たされていく。

俺もいつまで優柔不断な態度をとり続けるんだろう。
侑くんに甘え続けて。
俺は兄なのに。


「さすがに疲れました?涼さん」

「えっ?」


遠慮がちにそう聞いてきた小鳥遊に、思わず顔をあげる。
こいつに冷たい態度を取るのは今に始まったわけじゃないのに。


「そりゃ、2回連続で走ったし…なんか変?」

「いや…。なんか、雰囲気がいつもより…」


俺の事をじっと見つめる小鳥遊。
な、なんだよ…。雰囲気?

思い出しちゃうのは、侑くんとキスしたことと、
甘い言葉たち。
それが顔に出続けてるとでも言うのか。


「熱とかないですよね?」

「え?熱?」

「顔赤いですよ。若干汗ばんでますし…。走ったからですかね」


小鳥遊はそう言いながら俺のおでこに手のひらをあててきた。
驚いたことに、小鳥遊は冷たい手をしてて、俺が相当熱を持ってると知ることになる。

いくら走ったといっても、時間も経ったし、汗もとっくに引いていいはずだ。
いくら侑君のことがあったとしてもずっと続くとは思えない。


「・・・。」


そういえばずっとあつい気がする
照れとかそういうのではなく、風邪を引いた時と似てるような…。

意識したとたんに、体調の異変に気づき始めた。
肌がザワザワして、なんか変。


千歳たちのいるテントに戻ってきたとき、その異変は余計に際立っていた。


「ん〜〜なんか変…」


あつさとダルさと、肌の擦れる感じが嫌で、千歳に訴える。
テーブルに倒れる感じで椅子に座り込む。

千歳のことだから、第一声に侑くんとのことをいじり倒してくるかと思っていたが違った。
俺の一言に、手を伸ばしてきた千歳。


「…いつ頃から」


熱を測るようにして、俺のおでこに触れた千歳。小鳥遊と一緒。
千歳はいつも暖かい指先をしてる印象だったが、今の俺の体温よりは低い指先で肌を撫でられた。俺、今やっぱり体温高いんだな。

いつ頃…。
ずっと走ってたからよくわかんないけど…。


「俺の演目が終わってからかなぁ…」


侑くんのせいでずっと熱かったのもあるんだろうな。
あれ、もしかしてそれをずっと引きずってるってこと俺?んな馬鹿な。

それとも汗たくさん掻いたから、とか


「眩暈とかは。」


千歳は俺が思っているより、俺の症状が気になるらしい。
いつも興味なさげに「へえ」とかしか言ってこないくせに、珍しくあれこれ聞いてきてくる。もしかして俺結構しんどそうな顔してるんだろうか。


「めまい…、は、ないとおもうけど…」


あれ・・・?
なんか意識した途端、本当に悪化してる気がする。

とろんとしてくる目、
呂律がうまく回らないこの感じ

極めつけは、千歳が熱を測るために俺の首筋を触れたときに漏れ出た変な声だった。


「ンッ」


ピクッと跳ねた肩と女みたいな自分の声にギョッとする
びっくりしたのは俺だけではなく、千歳も驚いた顔をしていた。

おまけに、千歳の肩越しに見える小鳥遊も怪訝そうな顔を浮かべてて、やばい空気が漂い始める。


んんっ!?


「ちょっ…と、タ、タンマ…、」


千歳の手を払いのけて、自分の身体を抱きしめる形で丸まる。
明らかに身体が変だ。
息も上がるし、この、肌のザワザワ感。


「おまえ…」


俺のそんな様子を見て、千歳がなんだか怖い顔をし始めた。
お前がそんな顔をすると俺萎縮しちゃうからやめてほしいんだけど。

俺だって、何が何だかわかってないというのに。


「何か変なの飲まされたか、食べさせられた記憶ないか?」

「へ…っ?」

「お前がここに戻ってきた前後で。1回目と今と含め。」


一体何だっていうんだ。
ぼんやりする頭でどうにか、戻ってきた前後の記憶を呼び戻そうと目を瞑る。

えっと…えっと…1回目…。
ここに戻ってきたとき、俺、メイド服のままだという事にキレててて…

おまけにめちゃくちゃ喉乾いてて…
貰った水を、

水を・・・

みず・・・。


その時ふと、知らない男子生徒から貰った水の事を思い出した。

『あとこれ水分補給にどうぞ』

そう言われて、ありがたく水を受け取った気がする。


「み……みず!!!水飲んだーー!!!」


俺、水ガバガバ飲んだ!!
そうだよ!なんか、苦くて、あれ?、てなったんだった!

突然立ち上がった勢いでガターンッと倒れるパイプ椅子
けれど、足腰にうまく力が入らず、隣にいた紫乃さんに支えられる羽目に。

あ、足まで…!


「ご、ごめんなさい、紫乃さんっ・・」

「いや…俺は平気。それより、どうにかしないと…」


力強い紫乃さんの腕に驚きながらも、転ぶ前に支えてもらえたことに安堵する。
が、最悪なことに、紫乃さんの手が触れている部分がやたらあつくて、ちょっと動くだけでまた変な声が漏れそうだった。


こ・・・
これは・・・。


これもう完全に、誰も口に出さなくてもわかる、アレを飲んじゃったってことでは俺…。
千歳、クソ呆れた顔してるし。
紫乃さんも察してるのか、なるべく俺の負担にならないように、そっと椅子に戻してくれた。


「お前は面倒ごとを引き起こす天才だな」


こんな時にも皮肉満載の一言を俺に投げてくる千歳。
滅茶苦茶腹立つが、怒鳴り声をあげるのも億劫で千歳を睨みつけた。

だって喉めっちゃ乾いてたんだもん!!
あと委員会っぽい人から渡されたら大丈夫だって思っちゃうじゃん…!


「涼、どうする…?保健室いこうか?」


千歳とは違って俺に天使の言葉をかけてくれる紫乃さん。
なんでこうもやさしさに差が生まれるんだろうな。


「いや…部屋、一回もどります、もうすぐで、ますみが来ると思いますし…」


もうすぐで昼休憩だ。

お昼一緒に食べるって話をしてたから、そのうち来るはず。
真澄の事だから、部屋までついてきてくれるだろう。
てかこれをさぼりの口実にできるし、このままずっと部屋にいよっかな。

スマホで真澄に早く来るようメッセージを投げる。
すると、ふと視線を感じた。真横から。


その方向を見ると、俺をじっと見ている千歳がいて。


・・・。
なんだよ。


「見世物ではないのですが」


そんな呆れた目でこちらを見続けられても困る。
俺の顔が真っ赤なのがそんな面白いですかね。


「俺が言うのもなんですけど…。紫乃さんに送ってもらうのが一番いい気が…」


千歳の代わりにずっと黙ってた小鳥遊がそんなことを言ってきた。
何の話だ。
てか何故小鳥遊も千歳と同じような顔で俺を見てくる。

そんなにひどい顔してるんだろうか。今の俺。




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bkm