誤算、伝染中 | ナノ
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そろそろ午前の部も終わりに近づいてきたころ。相変わらずの盛り上がりを見せる体育祭だったけれど、残念なお知らせが。


「紅組リードしてますね」


ポツリと小鳥遊が呟いた。
こいつの言う通り、俺らの白組が負けている。これはあまりよろしくない。俺はどうでもいいけど、千歳的にあまりよろしくない気がする。何てったってミスターNo.1なんですからね。

小鳥遊の一言に、なんとなくまずいかな、と思いながら千歳をチラ見してみる。が、相変わらずぼんやりした顔でグラウンドを眺めてる千歳。やる気出せよおら。


「千歳、負けてるけどいいの」


暇つぶしに紫乃さんの髪を編み込んでいた手を止める。こんなこと言ってるなんて、俺も無責任だけど、主将がこれってあんま良くないんじゃない?


「午前は個人戦中心だからこんなもんだろ。」

「そうなの?」


確かにあっちの組は陸上部が多めだから個人戦はあっちの方が強いけれど…。
持っていた体育祭のタイムスケジュールをパタン、と閉じながら、

「団体戦で巻き返す」

と千歳が言った。
千歳がちょっとそういう事いうだけで説得力があるように聞こえるから凄いと思う。実際有言実行するやつだから本当に巻き返してしまいそう。

でもその言葉に少しだけ不安が浮かぶ。
うーん、俺このあと競技だけど余計に点差広げるようなことになったらどうしよう。
皆俺が運動出来ないのは知っているけれど、本当はあまり足を引っ張るような真似はしたくない。でもどうすることもできないから、体育祭が嫌いなんだけど。


「安心しろよ、涼が最下位取るって事はちゃんと計算にいれてるから」


俺が心の中で悩んでいたら千歳がいらんフォローを入れてきた。
もはや挑発と言ってもいい。素敵な笑顔を浮かべてらっしゃる。

そっ、それはそれでムカつくんですけどぉ〜〜〜!


「まあまあ、涼さん。涼さんが最下位でも俺が一位取ってくるんでそれで相殺できますし…」


ねっ!ときらきら眩しい笑顔を向けてきた小鳥遊。お前、火に油注いでんのわかってんのか。

だいたい、


「侑くんがいるのに小鳥遊が一位取れるわけないじゃん」


そろそろ自分もグラウンドに向かわなければいけないので立ち上がる。あー、やだやだもう自分の番だなんて。しかも千歳に完全に見下されてるし。今に始まったことじゃないけど。


「わからないですよ、くじ運にもよりますし。」

「くじ運て?」

「借りものがどんなお題なのかで大分変わると思いません?」


小鳥遊も立ち上がった。どうやら一緒に行く気らしい。
「いってらっしゃい」と手を振ってくれる紫乃さんに「いってきます」と返事をしてテントから離れる。


「あと仮装にもよりますよね。着替えが一瞬で終わるやつだといいですけど」


言いながら俺の肩に腕を回してきた小鳥遊。小鳥遊の胸板が肩に当たる。…馴れ馴れしいな。

でも小鳥遊が言っている通り、どんな仮装が当たるかも重要だと思う。周りのやつらが着ぐるみとかで足遅くなってくれればいいけど、もし俺が着ぐるみ当たってしまったら最悪だ。縺れに縺れまくって一歩も動けなくなるぞ。


「俺変なのに当たったらどうしよう」

「涼さんなら何でも可愛らしく着こなせますよ」

「そういう問題じゃないよね」


今スピードの話をしてたのに何故似合うか似合わないかになってるんだよ。
俺のつっこみにアハハ、と笑う小鳥遊。つか、なんで俺肩組んで歩いてんの、いろんな人に見られるの嫌なんだけど。

小鳥遊がいるせいで俺に話しかけやすくなってるのか、すれ違う白組の子たちが「頑張ってください!」だの「応援してます!」と声をかけてくる。小鳥遊は「ありがとうございます〜」なんて笑顔で対応してる。そのサービス精神はどこから出てくるのか聞きたい。

借り物競争は一学年あたり2回にわけて競技を行うので、一回八人ずつになる。白4の赤4。
小鳥遊はぎりぎりまで俺といるつもりなのか、俺の傍を離れようとしなかった。2年の中に一人だけ一年。しかも肩を組みながらずっと喋ってるし。ほかの人たち奇妙な目で見てるぞ。


「あ、侑介。」


ふと、小鳥遊がそんなことを言った
俺はビク!と大袈裟に肩を跳ねてしまう。

えっ
ゆ、侑くん!?

小鳥遊の言う通り、侑くんが一年のところに並んで立っていた。目立つからすぐ見つかるし俺が侑くんを一瞬で見つけられないわけがない。知らない一年と喋ってる。誰だ。

すると、強い視線を感じたのか侑くんがふと顔をあげた

侑くんが俺らを見つける前に小鳥遊を慌てて突き飛ばす


「いてっ!」


突然突き飛ばされてビックリした様子の小鳥遊。とはいえ、体格差があるから突き飛ばされて転ぶことはなかった。めっちゃ目見開いてるけど。


「えっ、なんですか急に」

「うるさいな!近いんだよ!」

「さっきまで何も言わなかったじゃないですか」


最近日常になりつつある侑くん起因の赤面症を肌に感じながら小鳥遊に一方的にキレる。
くそ、一気に暑い。


「ああ、侑介に俺らがいちゃついてるとこ見られたくなかったんですね」


俺が突き飛ばした理由を当ててきた。
た、確かに、侑くんにお前と仲良しこよししてるの見られるのは不服だけど…!


「別にいちゃついてるつもりもない」

「いいじゃないですか。白組仲良しアピールしときましょ」


調子に乗って今度は腰に腕を回してきた。にこ、と甘ったるい笑みを浮かべてる。

そんなアピールしてどうすんの
侑くんがなにかリアクションするとでも思ってんのか

うざったいので小鳥遊の手を払おうとしたが、思いの外小鳥遊の手が頑丈で。

ぐっ…!
なんだこいつ…!


「侑介〜」


小鳥遊が侑くんの方を見ながら手を振り始めた。ハッとして顔を上げると侑くんもこちらを見ていて。

う、うわなんか最悪。


「おい小鳥遊、手、放せよ」

「え〜?あ、無視されちゃいました」


小鳥遊の言う通り、侑くんがこちらを見たのは数秒だった。特に表情を変えずに、俺らを見て、視線を逸らした侑くん。

俺の予想通り。
でもなんかちょっと、ショック。


「涼さんいいんですか?」

「…なにが」

「え。侑介に突撃したりしなくて」

「・・・」


突撃って。
俺って端から見たら毎回そんな風にしてるって思われてたの?


「め…迷惑になるから、いい。」


あと、恥ずかしくて全然喋れないし。
喋りたいけど、喋れないんだよ。本当だったらあの広い背中に抱きつきたいし、胸板に顔を埋めたりしたいんだよ!!でも出来ないんだよ侑くんにあんなことを言われてから!!!

告白されたのにそんなこと出来るほど俺は無神経ではない。
ジレンマがすごくてそのうち死ぬかも。

顔を背けながら、小鳥遊の促しに首を横に振る。
俺の返答に小鳥遊は驚いたようだった。


「どうしたんですか、涼さん」


わざわざ俺の顔を覗き込んでそんなことを聞いてきた
そんな、まるで俺がおかしくなったみたいな反応すんなよ


「最近変だなあとは思ってましたけど、」

「普通だよ俺は。」

「あはは、喧嘩ですか?珍しいこともあるもんですね」

「・・・・別に、なんだっていいだろ」



俺が顔を背けたままぶっきらぼうに言い放つと、小鳥遊が黙った。冗談で言ったつもりなのに、俺が否定したりしなかったからか。こういうとき、おしゃべりが上手なやつはうまくかわすんだろうな、って思うけど俺にはできないし。

普段うるさい小鳥遊も気は使えるやつなのでこの話を掘り下げることはなかった。一応侑君の友達だから、侑くんにも気を遣ったのかもしれない。


俺らが沈黙に包まれた数秒後、乾いた鉄砲の音が校庭に響いた。

3年生のスタートの音。

あーあ。
始まっちゃった。



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bkm