誤算、伝染中 | ナノ
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借り物競争は有岡さんが特に力を入れて企画した競技だからか、有岡さんが実況の人たちに混ざっていた。そのせいで余計に盛り上がるこの競技。三年のを眺めていて最悪だと思ったのは、やっぱり仮装だろう。男物の衣装ならまだいいが、問題は女物のそれだ。筋肉隆々な人が ミニスカナース姿で走ってる姿なんて絶叫もんだ。それはもう、会場の盛り上がりはすごかった。俺はああなりたくない。

お題は意外と控えめだった気がする。
てっきりやばいのかなぁ、って思ってたけど眼鏡の人、とかそういうやつ。ちょっと安心。

俺も簡単なのがいいなぁ…背高い人とか。そんなのたくさんいるし。


そんあ事を考えながら3年のを眺めていたらあっという間に、2年の番が来てしまった。


「頑張ってください涼さん!」

「う、うあ・・・」


肩をポンポン小鳥遊に叩かれながら指定された位置に並ぶ。すごい盛り上がりの場内。
俺はちょうど真ん中の位置。白線に足先を揃えながらも緊張で頭が真っ白だった。

花形競技だけあって、注目度がえげつないことはさっきの三年のを見て知っていた。から、余計に緊張する。ゴクリ、と唾を飲み込みながら顔を抑えて緊張を和らげようとするが、余計に心臓の鼓動が大きくなっていく。あー、もう、死にそう。逃げたい。転んだらどうしよう。

みんな俺以外の人を見ていてくれ、と願うがそんな願いは一瞬で消え去った。


『次は生徒会書記の方が走られますね!大注目です!』

『そおそお、俺の可愛い可愛い後輩〜。がんばれえ涼』


・・・くっ・・・・
アナウンスのやつら、余計なことをしやがってぇ・・・・・!

彼らのおかげで『書記様頑張ってください〜!』などの応援が凄くなった。
すべて聞こえてないフリして、俺はひたすら足元を見つめる。俺にはサービス精神なんてないし、さっとやってさっと終わらせたい。

無視を決め込む俺に実況の人は『あら、緊張してらっしゃるんですかね』とか言ってる。無視してるんだよ。


『2年の仮装とお題は特に気合いれたんだぁ、ふふ、楽しみぃ』


有岡さんの弾んでる声。
ぞっとして、実況席の方を見ると俺に有岡さんが手を振っていた。緩く目元を細め、俺に笑顔を浮かべている。悪魔の笑みだ。

いや、でも、やばいのが俺に当たるとは限らないし…
3年の仮装は、8人のうち3人が女装だった。そのうちの5は男装だったから、そのうちの5人にはいればなんてことない。


『ちなみに先ほどもルール説明をしましたが改めてさせていただきます。まずは、50m先に置いてある仮装カードを引いてください。その番号に書かれた更衣室に入っていただき、そのまま着替えて頂きます。そして次は30m先にある借り物のお題カードを引いていただいた後、ゴールまでそのお題と一緒に走ってください。ちなみに最後にそれがお題と合致してるか証明していただきます!』


実況が改めて説明をし終わった後、スターターが「位置について!」と声を張った。


えっっ、
急に始まるやつ!!?


慌てて態勢を整えたあと、パーン!とピストルの音が鳴り一斉に走り始めた。
一気に沸く歓声


う、うげえ、
みんな足はや!


始まって早々自分の足の遅さに気づかされる。
しかも有岡さんの『涼走り方おもしろ〜い』っていう感想が俺を余計に顔を真っ赤にさせた。鬼かこの人


あっという間に集団から置いてかれた俺。やっとついたテーブルにはラストカード。俺のだ。3って書いてある。

3番更衣室…
残り物には福があるっていうし、祈るしかない。


しかし、更衣室のカーテンを開けた瞬間に飛び込んできた衣装に俺は絶望するはめになる。


こ、

これは・・・・



『おーーーっと!書記さん固まってしまいました!』

『何やってんの涼〜、お前最下位なんだから早く着替えないとだよぉ』



まったくもってその通りなのがむかつく。
カーテンを思いっきり閉めて外界をシャットアウトしてから俺は床に沈んだ。

自分の運の無さが憎くて仕方がない。
ハンガーにかけられた仮装は、クラシックタイプの黒のメイド服。ロング丈なことが唯一の救いだが、女装であることには変わりない。

しかも、メイド服。


「くっそ〜〜〜」


泣きたいのは山々だったがここで最下位になって千歳に鼻で笑われるのも、侑くんに情けない姿を見せるのも嫌だった。

半ば自棄になりつつ服を脱いでメイド服に腕を通していく。ご丁寧なことにサイズ別が3つ用意されていて、自分の体にピッタリサイズがあったのがまたつらい。丈も肩幅も、俺サイズだ。

黒タイツまであるし、なにこれ、これ履かないといけないの。めっちゃ嫌なんだけど。
たぶん履かないといけないんだろうなあ・・・・。


置いてある衣装を着終え、鏡に映る情けない自分を見る
なんだこれ…
絶対笑われる…。


あとは背中のボタンを締めてリボンするだけ、ってところで実況者の『あーっと!5番更衣室出てきましたーーー!』という声がした

えっっっ
やば、もう!?

とりあえずリボン結ばなきゃ!!


『おや、5番の方はメイド服のようですね!あはは、可愛いですね〜!』

『でしょお、俺デザインだもん〜』

『えっ』


二人のやりとりを聞いて俺も驚いた。
えっ、俺以外にもメイド服いるの?なんかちょっと安心!!

さっさと更衣室をでるため、背中のボタンを一番上だけ留めて時短させた。
カーテンを開くと煩い歓声。そして、見覚えのない黒のブーツ。

これ履けって事か


『ああーっと、3番と1番が同時に開きました!これも素敵なメイド服ですね!』

『わあ、涼最高に可愛い〜超似合ってる〜』

『本当、可愛さの暴力です。これは書記さんから目が離せなくなりますねえ』


勘弁してくれ。

実況のいう通り、同時に出てきた1番の人もメイド服を着ていた。相手も驚いた顔をしている。お前もメイド服か、みたいな。でもあっちは膝丈タイトだ。あっちよりずっとマシ。

てことは待てよ、もしかしてこれ全員メイド服なんじゃないか?
デザインは異なるけど…
全更衣室にメイド服入れとけば絶対俺着る羽目になるし。

あり得る。


「はっ、走りづらっ」


せっかく3番目に出てこれたというのに、靴がヒールタイプのブーツだった。何cmあるんだこれ!
しかしほかの人も似た境遇らしく俺と同じようにもたもたしてる。

ラッキー…!
俺も走れないから有利ではないけれど!


『皆さん走りづらそうですねその光景も可愛らしいですが・・・おや?書記さん、背中が…』


どうにか3番目キープでお題カードのところまでたどり着けた。実況者がなんか言ってるけど、それどころではない。これはチャンスなのだ。なぜか、1番目と2番目にたどり着いた人がお題カードを眺めたまま固まっているから。


うーん…
これにしよう!


選んだのは右から2番目にあったカード。

捲ってその文章を読んでみた瞬間、他の人たちが固まっている理由がわかった。


『1番キスが上手い人』


たった7文字。
だけど、即チェンジしたい内容だった。


なんだこの糞みたいなお題


「キ、キス・・・?」


超絶外れくじなのではないかと、俺の前にいる人のカードも覗いてみるがこの人のお題も中々ひどかった。

『告白したい人、または恋人』

う、うわあ・・・・・。
絶対ひきたくないカードだ・・・。

若干同情するけれど、彼らが動けない今がチャンスだった。
とりあえず、群衆に行って人を連れてかなければ。


「あ、あのさ、住吉くん、」


グラグラ揺れるヒールで歩き始めたとき、知らない男メイドに話しかけられた。俺の後ろから来た人だろう。


「はい?」


競技中に何だよ。
お前急がなくていいのか。


「えっと、せ、あの、うしろ・・・うしろが、」


首をかしげると余計に顔を真っ赤にした彼。
うしろ、と指をさすから後ろを振り向くが何もない。

は?
なに?


「あー…俺急いでるから」


モゴモゴしてて何言ってるかわかんないから、彼をスルーすることにした。
何だ今の謎の足止め。
足止めにもなってないし。うしろがどうとかって、なんだったんだろ。

いや、そんなことより、お題の相手を見つけなきゃいけないんだ俺は!
キスが上手い?そんなお題よく出そうと思ったな!

そもそも俺は生徒会の人以外ほぼ知らないから人選は生徒会の人でしかできない。
それでもってキスって言われて思い浮かぶのは、

真澄と千歳と、
ゆ、侑くん、であるわけで。


「・・・。」


いや!
侑くんを選ぶなんて無理!!


「そうなると、ま、真澄…?いや、どっちにしろ無理だ…」


一番手っ取り早いのは真澄を選ぶことだった。
でも、なんか、なんでそんなこと知ってんの?って思われそうだし、・・・。
これは侑くんが無理なのと同じ理由だ。

しかも、友達と弟を選ぶのは恥ずかしすぎる。無理。

そうなってくると、
消去法で一人が残るわけで。





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bkm