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骸は目を見開いた。そんな言葉をかけられるとは思いもしなかった。一目見るだけで憎悪が身体中に侵食するこの瞳を、見るたびに自分自身が嫌いになっていくような瞳を、彼女は自分が強く生きて来た証だと言うのだ。なんだか胸の奥がじんわりと温かくなっていくように感じられた。今までの“負”の感情とは明らかに違う。でも、心地の悪いものではなかった。


「って、誘拐犯に何言ってるんだろ」
「六道骸」
「へ?」
「僕の名前です。“骸”と呼んで下さい、舞」


骸がそう言えば、舞は目をキョトンとさせた。きっと骸の態度が変わったことに驚いたのだろう。それでも、驚かれても、名前で呼んで欲しかった。仲間以外で初めて自分を認めてくれた彼女に。最初はマフィアを殲滅する駒として使おうと思っていた。でも今は、単純に欲しいと思う。目の前でクルクルと表情を変え、瞬時に相手の本質を見抜き、闇を抱える彼女を。


「な、何を企んでるの!?名前で呼んだって仲間にはならないしっ」
「おや、それは残念です。先程は熱烈な告白までしてくれたのに」
「こ、告白じゃない!」


骸はクスクスと笑みを零した。きっと、後数時間後にはボンゴレ10代目が此処を攻めて来るだろう。それまでの暫しの時間だ。そのくらいであれば、今のなんとも言い難い胸がポカポカとする時間を楽しんでもいいだろう。そんなことを思った。


それから、骸と舞は会話を続けた。最初こそは骸を誘拐犯だと警戒していた舞であったが、話していく内に少しだけ楽しいと思うようになっていった。


「貴女は不思議な人ですね」
「不思議…?」


骸の言葉に舞は首を傾げる。


「僕がこんなにも興味を持った女性…いえ、人間は初めてだ」
「それって大袈裟なんじゃ…」


舞は苦笑いで返した。だって自分は至って普通…とは言い難いがそこまで言われる人間でもない。骸はそんな舞の思考を見透かしたようにクスリと笑い、舞の髪を1束すくった。


「大袈裟なんかじゃありませんよ」


舞は顔を紅潮させながらピクンと肩を跳ねさせた。骸がすくった舞の髪を自身の形の良い唇にソっとあてたから。舞は「な、何を!?」と焦りながら目を見開いた。


「現に今も貴女に惹かれています」
「へ?」
「僕の者になって欲しいとさえ思う」


ドクン、ドクン。心臓の鼓動が徐々に早まっていく。オッドアイの瞳に熱が帯びているように見えて、益々恥ずかしく思えた。舞は恥ずかしさから目をそらすようにフィっと横を向いた。


「む、骸ってキザだ」
「クフフ。僕は思ったことを言ったまでです。それと、顔を此方に向けてくれませんか。可愛らしい顔が見えないのは、寂しいですので」
「む、無理!」


拷問になら耐えられる自信があった。だが、骸による甘い言葉攻撃の方はどうも心臓に悪い。今になって縛られている手足の縄を解いて逃げたくなる衝動に駆られた。すると「骸様」と呼ぶニット帽を被る眼鏡の男が入って来て、視線はそちらに向いた。


「骸様、そろそろです」
「わかりました。先に行ってて下さい」


骸がそう言えば、千種は骸の横にいる舞をチラリと見てこの部屋を後にした。千種と目が合うと舞は少しだけ目を見開いて驚いた。千種は身体中に包帯を巻いて傷だらけであったから。彼が居なくなった後も舞の視線は千種に居た場所に釘付けであったが、骸に「舞」と呼ばれ視線を移した。


「もう時間のようです。僕は行かなくてはなりません」


舞はその言葉で表情を一瞬固くした。彼が何をしに行くのか予想ができたから。骸は笑みを浮かべたまま舞の頭を優しく撫で、名残り惜しそうに手を離した。


「僕は君を傷つけたくはありません。ですから、これはお願いです。此処から動かないで下さい」


骸は寂しそうに笑うと扉の方にと踵を返した。骸の後ろ姿が少しずつ遠くなっていく。舞は叫ばずにはいられなかった。


「骸!」


名前が呼ばれると骸は不思議そうに首を傾げ、振り返った。


「あたしは骸の生き方が凄いと思うから、貴方を止めることはしない。けど…その代わり、あたしはあたしの好きなようにやるから」


「……僕は違う形で君と出会いたかった」


敵対する者同士ではない関係で。


それだけ言うと骸は部屋を去って行った。最後の哀しげな骸の声が小さな部屋で木霊したように聞こえ、舞の耳の中へ消えていった。



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