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彩る指先で魔法をかける


一筋の光も入らない暗く狭い空間に一人の私。そこでは他の人の息遣いや物音さえもしない。何も見えず、何も触れることもできない。まるで五感でも失っているかのような感覚。舞は膝を抱えながらソレに顔を埋める。頭に浮かぶのは自分が倒れる時に一瞬見えたリオンの切なげで苦しそうな表情だった。


「(……リオン、ごめんなさい)」


きっと心配してくれてるよね。あたしが力を使うって言った時に貴方は止めてくれたから。でもあたしはその静止を聞かず獄寺を助け、そのまま意識を失くした。全部あたしがした行動なの。倒れたのも全部、あたしの所為。だからリオンは悲しまないで。


「(…貴方の優しさはあたしには勿体無い)」


自分は生まれた時から出来損ないとして捨てられた。そして愛してくれた人達を裏切り、大好きな人達を騙している罪人なのだ。貴方から優しくしてもらえるような人間じゃない。ごめんなさい。ごめんなさい。


「……ーー!」

「(…え?)」


音がしない筈のこの空間で何かが聞こえ舞は俯かせていた顔を上げた。けれど周りは何も見えない。暫く耳を澄ませるが何も聞こえなくなったので空耳だったのだろうか、と首を傾げる。


「ーー…起きて下さい。舞!!」


舞は目を見開いた。今聞こえた声は空耳でも幻聴でもない。自分を呼ぶ、あの人の少しだけ焦ったような声は確かに耳を通り抜けた。





頬を伝った涙のその冷たさに、夢はそこで途切れた。薄っすらと開けた目にぼんやり映るのは雲ひとつない真っ青な空。そして宝石のようにキラキラと輝く赤と青の瞳だった。


「…舞、良かった。起きたんですね」


どこか安心したようにホッと息を吐いてそう呟く彼。滲んだ視界が徐々にしっかりと見え始め彼の姿がちゃんと映ると舞はハッと目を見開いて驚きの声を漏らした。


「……えっ。骸?」


舞が体を慌てて起こすと、骸は「はい」と言いながら背中にソッと手を添えた。


「起こしてしまってすみません。でも貴女が苦しそうに涙していたので。つい、焦ってしまいました」
「……あ」


シュンと眉尻を下げながら骸は舞の目元に溜まっていた涙を親指で拭った。そのあまりにも滑らかな仕草に舞は呆然とするが近くなった骸に気づくと頬を紅潮させて視線を周りへ向けた。


「こ、此処は何処なの…?」
「此処は僕の精神世界です。貴女の精神を此処に呼び寄せました」
「そんなことができるんだ」
「はい。こんなことも」


骸がパチンと指を鳴らす。するとどうだろう。草原が一面に広がっていたこの場所に一瞬で花が咲き乱れたのだ。色とりどりの花が敷き詰められているその光景はまるで花の絨毯のようで舞は「わあっ」と瞳を輝かせた。


「すっごい綺麗!!」
「喜んでもらえて僕も嬉しいですよ」


舞は一気にテンションが上がり自分の周りにある花々を摘み始める。そんな彼女の姿に骸は微笑みを浮かべ、彼女から視線を外さなかった。「やはり貴女には笑顔が似合う」と小さく言って。


「ねぇ、骸」
「はい」
「精神世界って、夢と同じなの?」


舞は花を編みながら隣に座っている骸にそう問うた。


「そうですね。一概に同じとは言えませんが、夢は自身の想いや心を映します。ですから精神世界と夢は似ていると思いますよ」
「……そうなんだ」
「夢見が悪いんですか?」
「なんかね、暗い空間にあたしがポツンといて泣いてる夢しかみないの。それが現実になりそうで最近少し怖いだけ」


いつもの調子で彼女は言葉を紡ぐ。だけど骸には舞が深い悲しみを負っているように見えた。さっきだって彼女は弱々しく泣いていた。彼女が見せる明るい笑顔には程遠い苦しそうな表情を浮かべて。そうやって彼女は一人孤独で涙を流しているかと思うと胸がチクリと痛んだ。だって彼女は、自分を認めてくれた大切な人だから。


「だったら…」
「ん?」
「僕が貴女の腕を引いて望まない世界から連れ出してあげましょう」


その刹那、春風のような爽やかな風が吹き舞の黒髪が美しく靡いた。華やかに咲き誇っていた花弁と共に。舞はヒュッと息を飲んだ。


「そうすれば貴女は一人じゃありませんし、僕が何度でも花を咲かせてみせます。だから舞。泣かないで笑って下さい」


骸が優しい瞳で舞にそう告げると、舞の目元からポロポロと涙が零れた。嬉しかった。彼の優しい気持ちが。物凄く嬉しかった。


「おやおや。笑って欲しかったのですが、逆に泣かせてしまいましたね」
「だって、……嬉しくてっ、」
「本当に泣き虫な人だ」


骸は泣きながら震える舞の背中に手を回し、ギュッ抱き締めた。初めてこの手で抱いた彼女は小さくて柔らかく花のような良い香りがした。心の底から自分のものにしたいと思った。そしていつか本当の姿で舞を抱き締めたいとも。



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