泣くなよ6/14
※n番煎じ
私は幼馴染みであるグリーンのことが好きだ。
だけど、彼には好きな人がいる、らしい。
グリーンがその人に恋を自覚したのは、彼がトキワシティのジムリーダーになってしばらく経った時だ。
急に変わった環境に、山積みの書類仕事。
それに身体と心がついていかなくなって体調を崩したときに、親身になって世話をしてくれたらしい。
その人は可愛くて綺麗で優しくて、バトルのセンスもまあまあ。周りからも評判が良いらしい。
らしい、という言葉が続くのは、すべてグリーン本人から惚気のように延々と聞かされたからだ。
よくトキワシティに来ているらしいが、私はまだ一度もお目にかかれていない。
体調を崩したときだって、私も親身になってお世話したのに。なんでグリーンが好きになったのは私じゃないんだろう。
ポケナビにグリーンからの連絡が入れば、私たちは夕陽が綺麗に見える丘に集合して、グリーンの好きな人のことを聞かされる。
今もその時間だ。
「………で、…って、おい、聞いてるか?」
「聞いてる聞いてる。ほんと、よくできた人だね」
気持ち半分に言葉を返せば、グリーンは嬉しそうに笑って頷く。
こっちの気持ちも考えてよね。ばか。
…なんて、グリーンに告白もできないくせに思うことじゃないか。
けれど、もしかしたらその人にも好きな人がいて、それがグリーンじゃなかったら。
グリーンが告白して振られてしまえば、今度は私に振り向いてもらえるかもしれない。
そんな不毛なことを考えてしまう自分が、大嫌いだ。
「………ねえ、そんなに好きなら告白すればいいじゃん」
好きな人の話を続けているグリーンに静かに言えば、彼はぴたりと言葉を止めて私を見た。
そして夕陽に顔を向けて苦笑する。
「…そうだよなぁ。思ってても、言わないとわからないよな」
しみじみと呟く彼の言葉に、心臓がちくりと痛む。
…その言葉は、今の私にも刺さる、かな。
「そーそー。ただでさえ、グリーンはチャラ男のイメージがついてるんだから。ちゃんと真剣に言葉にしないと」
「おい、どこがチャラ男なんだよ。全国の俺のファンを敵に回したぞ今」
「そういうところだって言ってんの」
「あー…、と。参考に聞くけどさ、美咲はどんな告白されたら嬉しいんだ?やっぱり花束貰うとか?」
そわそわと落ち着きなく尋ねてきた彼を見て、またちくりと心臓が痛む。
グリーンから告白してくれるなら、たった2文字、"好き"だと言ってくれればいいのに。
「………そうだね。可愛い花束とかあったら嬉しいかも」
真っ直ぐに彼の顔を見れず、地面を眺めながら答える。
まったく。と大げさにため息をつきながら立ち上がれば、彼に背中を向けた。
ここにこれ以上いるのは、もう無理だ。
「とにかく、成功しても失敗しても話ぐらい聞いてあげるからさ、またここに集合ね」
「さすが美咲!持つべきは親友だよな!!」
「調子乗んなチャラ男」
背中越しに会話して、ピジョンを出して家まで空を飛ぶ。
「…親友、かぁ」
その親友は、あなたのことを親友だと見ていないんだよ。
「……はやいとこ、諦めないとね」
グリーンに告白した結果を聞いたら、私はどこか遠い場所に行こう。
こんなに頻繁に顔を合わせるところに住んでいると、気持ちの区切りがつかない。
もし告白が失敗したとしても、彼なら好きな人ぐらいすぐにできるだろう。
「……好きだったよ、ばか」
どうか、幸せになって。
* * *
1週間後
朝起きたら、グリーンからメールが入っていた。
内容は、今日好きな人に告白することと、いつもの時間にいつもの場所に集合すること。
彼に了解のメールを返信してベッドから抜け出し、部屋を見渡した。
部屋の中は、日常生活で最低限使用するベッドやキッチン道具、雑貨などを除いて、綺麗に段ボールに箱詰めされている。
今日、グリーンから結果を聞けば、明日にでも引越し業者に電話して荷物を運んでもらおう。
前々から電話で引越しすることを匂わせていたし、おそらく受けてくれるだろう。…たぶん。
「…よし。夕方までにキッチン道具とか片付けちゃお」
彼との約束の時間まで、まだ十分ある。
時計を確認しつつ、私は最後の荷物の梱包作業に入った。
「………あ、そろそろ準備しないと」
荷物の梱包や掃除をしていると、時間が過ぎるのがものすごく速い。
ふと時計を見ると、グリーンとの約束の時刻が迫っていた。
急いでお風呂に入って着替えて、ピジョンの背中に乗っていつもの場所へと急ぐ。
「……もう来てる」
空からグリーンが既に来ていることが確認できた。
彼の隣に、手に持つには大きい紙袋に入った、花束らしき物も。
…渡せていないってことは、失敗したのかな。
ならば私が、と浅はかな考えが浮かぶ思考を、かぶりを振って消し去る。
やめやめ。
グリーンのことは諦めるって決めたんだぞ、自分。
ピジョンが地面に着地すれば、グリーンがこちらに振り返って片手を上げた。
「よう。遅かったな」
その顔は、告白に失敗したとは思えないほどいつも通りだった。
そのことに疑問を抱きつつも、ピジョンをボールに戻して彼に歩み寄る。
「はやいね。いつもは私より遅いくせに」
どうだった?と早速聞けば、彼は顔を俯かせて右手を首にあてた。
「あー……、それ、さ…」
言いにくそうに身体を縮こませる彼に、やはり失敗したのかと察して彼の横を通り過ぎ、いつもの場所に座った。
「まあ、座りなよ。話し聞くからさ」
先ほどまでグリーンが座っていた位置をぽんぽんと叩いて夕陽を眺めていれば、何故か後ろでがさがさと紙袋の音が響く。
告白に失敗したからって、貰い先のない花束をくれるのだろうか。
それって、なんだかすごく惨めだなぁ。
心の中で苦笑していれば、グリーンはさくさくと草を踏む音を立てながら私の後ろに立ち、そして、
「ずっと前から好きでした。俺と付き合ってください」
彼の真剣みを帯びた言葉がこの場に響いた。
ゆっくりと後ろを振り返れば、顔を赤くさせたグリーンが、ピンクと水色を基調とした可愛い花束を私に差し出していた。
その姿を見て、先ほどの言葉が私に向けられたものだと少しずつ理解する。
けれど、どこか信じきれない自分がいて、震える声でグリーンに問いかけた。
「………なに、告白の練習?」
私の問いかけに一瞬だけ泣きそうに顔を歪めた彼は、差し出していた花束を私に押しつけた。
「美咲のことが好きだ。すっぴんが可愛いところも、化粧したら一変して綺麗になるところも、天の邪鬼だけど本当は優しいところも。俺と互角にやりあえるぐらいポケモンバトルが強いところも。あと、
俺のことを好きでいてくれるところも」
俺と付き合ってください。
言葉を続けるうちに優しい顔になり穏やかに言葉を紡ぐグリーンをまっすぐに見る。
そして、彼の最後の言葉で涙が溢れた。
「私の気持ち知ってたなら、あんな回りくどいことしないでよ」
ばか。最低。
涙をこぼしながら文句を言う私の頭をグリーンは苦笑して撫でる。
「あぁ。ごめんな」
「ほんとだよ。私がいつも、どんな気持ちで話しを聞いてたか」
泣きながら睨んでいると、グリーンは私を抱きしめた。
「悪かったって。もう泣くなよ」
告白の返事、くれねえの?
耳元で呟かれた言葉に、私は涙を流したまま何度も頷いた。
「私も、ずっと前から好きだったよ。ばか」
お互い、回り道し過ぎたみたいだね。私たち。
(だー!もう泣くなって!)
(むり…!)
(もー。俺のこと大好きじゃん)
(そうだよ好きだよばか!)
(俺の方が好きだっつーの。ばか)
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