LEFT BEHIND 01


 概して、信じられないような出来事は唐突に起こる。朝起きて歯を磨いている途中にだったりとか、ちょっと疲れたから背伸びしようかなって腕を上げた時にだったりとか、起き抜けに飲もうとしたブラックコーヒーをこぼして「やっちった」と顔をしかめた時にだったりとか。まあ、そういう何気ない日常のワンシーンでとんでもない額の宝くじが当たったり贔屓にしている弱小クィディッチチームがワールドカップで優勝したり、そんな信じられないことが起こることもあるだろう。

 だからたとえば、生死をかけた戦闘中にうっかり死の呪文に当たってうっかり死んで、そのまま死んだと思っていたらうっかり異世界の謎の鏡から放り出されていた、という不可思議が起きてもなんらおかしくはない。と、思う。多分。


  ◇


 ナイトレイブンカレッジの入学式当日、闇の鏡からローブを身にまとった少女が飛び出してきた。これには手違いでやって来た少年を元の世界に帰そうと躍起になっていた雇われ学園長──ディア・クロウリーも仮面の下で両の目をひん剥いたし、いきなり異世界に飛ばされた挙句に「さっさと帰れ(要約)」と言われてしまった哀れな少年でさえも「この学校もしかしなくてもヤバいのでは……?」とそっと口元を押さえた。なんて言ったって、気を失っている女の子が鏡から放り出されたのだから。
 身体を強かに打ちつけた少女はその勢いと弾みによって床の上で跳ね、ゴロゴロと転がって数メートル先でぴくりとも動かなくなった。少しも動かない黒衣の塊。の、ような少女。軽くホラーである。というか、室内に響いたドサッ! という音があまりにも痛そうだったので、クロウリーも少年も眉を寄せていた。
 けれども、うわあ痛そう……と二人で同情したあとのクロウリーの行動は早かった。彼は一応責任と立場ある大人であったため、微動だにしない少女に駆け寄り安否確認を行った。

「ああよかった。これで面倒事にはならずに済み……ゴホン、貴方が無事でよかったです」

 両目を閉ざしていた少女は幸いにもクロウリーの呼びかけにすぐに応え、ひどく眠たげに目覚めた。しかし、クロウリーが胡散臭く誤魔化したのも束の間、彼女は緩慢に瞬きをこぼすと「眠らせて」と一言告げてまた目を閉ざしてしまった。
 概して、信じられないような出来事は唐突に起こる。伝統ある入学式の夜、信じられないことが連続して二つも起こった。闇の鏡に導かれ、帰る場所すらないと宣う魔力のない少年。そして、黒いローブと不可解な謎に身を包む身元不明の少女。意識がはっきりしている少年はともかく、眠っているだけの、至って健康そうな少女を病院などの医療機関に連れていったところで「処置のしようがない人間を連れてこられても困る」と門前払いされるだろう。では警察はどうかと考えて、閉口する。この少女を導いたのは間違いなく学園側だ。学園所有の鏡から出てきた時点で、彼女がナイトレイブンカレッジに関係のない人物とは言いきれない。警察署を訪ねても「じゃあそちらの鏡で帰してあげてくださいよ」と言われるのが関の山だ。
 考えに考え、考え抜いた末。熟考に熟考を重ねた末。

「……とりあえず、保健室に連れていきます。君も、私についてくるように」

 彼女を抱えたクロウリーは、溜め息混じりにそう告げた。
 そんなこんなで保健室に運び込まれ、後日目覚めた少女はナマエ・ミョウジと名乗った。

「それじゃあ、あなたのおうちに帰りましょうね」

 自分は死んだはずだ、とおかしなことを口走るナマエを「はいはいそうですか」と適当に受け流したクロウリーは彼女を元いた場所に帰すために鏡の間へと連れていった。が、当の鏡に「この者の帰る場所はない」と告げられてしまえば撃沈する他なく、何度目かもわからない溜息をついた。頼みの綱である鏡でさえこの有様だ。
 ただでさえ生徒や学園の運営のことで心労が絶えないというのに。彼のストレスはすでに限界値まで振り切っていた。
 しかし、謎の少女をこのまま放置するわけにもいかない。図書室で彼女の出身地だと言う“イギリス”について調べてみたが、めぼしい情報も見当たらず──少年といい、ナマエといい。なぜ帰る場所がないのか。

「身寄りのない未成年を放り出すのは気が引けますからねえ。今は使っていない学園の建物でしたら使ってもいいですよ。……先住の方はいますが」
「……ありがとうございます」

 泣く泣く諦めたクロウリーはナマエもオンボロ寮にぶち込む算段で比較的優しめに住居の提供を提案した。
 どこか現実味のない、浮世離れしている彼女はぼんやりとした表情のまま頷いて彼に従ったが──彼女はローブの袖から抜いた杖をひと振りして《レパロ(直れ)》と呟いた。
 貴方はなにをやってるんですか、そんな棒切れを振って。と、クロウリーが言う暇もなく。あんなにボロボロだった建物が一瞬のうちに修復され、新築とは言えずとも、人間が住むには十分立派な建物が建っていた。
 魔法があるこの世界。非科学的だとも非現実的だとも思わない。だけども、あれだけの大きさの寮を十秒も満たないうちに直せる魔法士がこの学園に一体何人いるだろうか。ツイステッドワンダーランドきっての魔法士養成学校の二大巨頭、あまたの優秀な魔法士を輩出してきたナイトレイブンカレッジの学園長をしてもナマエの魔法のレベルの高さは目を見張るものがある。

「……貴方、魔法が使えるんですか?」
「はい」
「……これは嬉しい誤算ですねえ」

 ──偶発的ではありましたが、どうやら金の卵を拾ってしまったようです。
 クロウリーは非常に計算高い男である。学園生活をより良いものにするために、質の高い生徒を育てるために、ナイトレイブンカレッジというブランドを失墜させないために、利用できるものは利用する。歴代の学園長たちがそうであったように、クロウリーもまた打算的であった。

「貴方、雑用係をしませんか? 仕事を頑張れば、図書室と食堂の利用を認めますよ」

 そうして、かの少年に向けたそれと同じような甘言を囁いた。




 非魔法族、いわゆるマグルの両親から生まれたナマエ・ミョウジは杖を振ってペラペラと呪文を唱えれば壊れたものを直せたし、マグルの言葉で言うところの“瞬間移動”もできた。しかし彼女はとある英雄と同い年で、その英雄とやらが敵に回しちゃいけないような大悪党とドンパチしてくれたおかげで命を落とした大層哀れな少女であった。
 学び舎であるはずのホグワーツを戦場とした決戦は混沌を極め、その戦乱のさなか死の呪文を食らってしまったナマエは、両親よりも先に死んでしまう申し訳なさと、家族ともう会えないという寂しさを覚えながら息絶えたのである。そう、息絶えたはずなのだ。

 けれど、もう一度目を覚ましたナマエ・ミョウジはなにかが捻れている奇妙な世界にいた。

 よくよく考えてみれば、死の呪文はなにかを考える余裕もなく死ぬような恐ろしいものなのに、家族のことをしっかり考えていた時点でおかしかった。死んでいるのか生きているのかもわからない世界にいるナマエは優れた頭脳を巡らせ、ひとつの仮説に至った。

 これは死んだあとの夢なのではないか、と。

 学園長であるディア・クロウリーは「異世界から来たんですかねえ」と興味なさげに呟いていたが、そう易々と異世界だなんてものを信じられるわけがない。異世界という非現実な言葉より、夢だと思い込んだほうがまだ現実味がある。安直な思考回路だと思いつつも、ホグワーツでも飛び抜けて優秀であった彼女は考えることを放棄して半ば強引に納得した。
 なぜか魔法を使えているものの、夢とは見る者にとって都合がいいように進むもの。夢とは痛みも匂いも温度も味も感じないもの。
 死んでいるけど夢ならなにがあっても仕方がない。
 機知と叡知に富んだ者が集うレイブンクローに所属していた彼女でも、現実逃避をしなければやってられないことだってある。

「仔犬。これを頼む」

 白と黒の、チェスを思わせる男がナマエを見ている。彼の手には、一クラスぶんの教材があった。
 彼女はそもそもナイトレイブンカレッジへの入学は少したりとも希望していなかったが、「いくら魔法が使えても女性の入学はさすがに認められない」と至極当然の道理を宣うクロウリーに用務員、基、雑用係を押し付けられ、目を覚ました当日から働いている。すなわち、オンボロ寮を修繕した今日から、である。
 住処を提供してもらっている手前、クロウリーの“お願い”を無下にもできない。それはそうとしても、知的探究心を刺激されない限りは何事にも無関心かつ受動的な彼女が他人の指示にとやかく文句を言うはずがなかった。
 反抗するほどの気力もなく、見知らぬ学園を飛び出して根無し草になる勇気もない。となれば、与えられたものをありがたく享受するだけである。

「わかりました」

 件のチェスを思わせる男──理系科目担当のデイヴィス・クルーウェルから教材を預かった彼女は職員室から姿くらましをした。文字通り、特定の場所から姿をくらまして、別の場所に姿を現すその魔法は言わば制限付きの瞬間移動のようなものだ。
 しかし、彼女とは初対面のクルーウェルが異世界のそのような魔法を知っているはずもない。ナイトレイブンカレッジにも瞬間移動じみたことをできる者もいるにはいるが、高度な移動魔法を行使できる生徒は他の種族よりも潤沢な魔力を持つ妖精族──ディアソムニア寮のマレウス・ドラコニアとリリア・ヴァンルージュの両名のみ。彼が知る限りの生徒では、という枕詞がつくものの。

「は……」

 目の前の少女がいきなり姿を消すとは微塵も思っていなかったクルーウェルはコーヒーが入ったカップを落とした。彼とて、ナマエは魔女だとクロウリーから聞いていた。学園内の施設の案内を押し付けら……頼まれて小一時間ほど新入りの仔犬と散歩に出た時は「やけに大人しい躾け甲斐のない仔犬」とばかり思っていた、むしろ、魔法が使えるなんてハッタリではないのか、とさえ疑っていたというのに。
 今のは幻だったか。いやいやそんなまさか。理路整然を好む彼の頭が珍しく混乱している。しかし、熟考する隙も与えられることなく。
 バシッ! と大きな音を響かせ再び姿を現した彼女はなぜか魔法薬まみれになっていたが、クルーウェルの足元に転がるカップの残骸を見下ろして「レパロ」と唱えた。
 はいどうぞ、気をつけてくださいね。生意気なナイトレイブンカレッジの生徒たちにはない優しさと共にカップを手渡した彼女に素直に礼を告げた彼はひびひとつない綺麗なカップを見下ろし、眉を寄せた。意味がわからない。壊れたものはその構造がわからなければ──いかにして作られたのかわからなければ、修復などできない。ツイステッドワンダーランドの修復魔法と言えば、相応の順を追って丁寧に直すものだ。
 それを、それをだ。この少女は細い棒切れを振っただけで完全に直してしまった。こうなれば、博士の道を選ぶか教鞭を執るかでかなり悩んだ末に名門ナイトレイブンカレッジの理系教師の座に就いたクルーウェルの底の見えない知識欲を擽らないわけがない。それはもう、彼女が魔法薬まみれだということを失念させてしまうほどに彼の興味をそそった。
 学生たちに恐れられている鬼のクルーウェルにも、いわゆる理系男子たる過去があったのだ。女よりも錬金術、酒よりも魔法薬学。論文発表に心血を注ぎ、専攻分野に傾倒していた、そんな時期があったのだ。
 そして幸か不幸か、ナマエもまた飛び抜けた才媛であった。クルーウェルが一を問えば十どころか百は答える。無駄な部分は極言まで削ぎ落とし、求めた答えだけを淡々と口にする彼女に、彼は思わず上機嫌に鼻を鳴らした。

 ──ここまで優れた頭脳を持っていながら、雑用というくだらん仕事を与えるには非常に惜しい!!

 あのディヴィス・クルーウェルをしてそう言わしめるほどの魅力と才能がナマエ・ミョウジにはある。才ある者にはとことん知を探究してほしいと思うのは、生徒の前に立つ教育者としての純粋な願いだ。胡散臭い学園長にも掛け合ってでも学園で学ばせたほうがいいのではないかと本気で悩み始めた彼は、彼女を上から下までじっと見つめ、ようやく思い出した。

「……すまない。魔法薬を被ったままだったな」

 彼女は不思議そうにぱちりと瞬きをして、すぐに合点がいったのか小さく笑った。
 年頃の少女を魔法薬浸しにしたまま会話を進めてしまった罪悪感からハンカチを差し出そうとしたクルーウェルを他所に、彼女が呪文を唱えたことで魔法薬は跡形もなく消え、やわらかい髪がわずかに揺れた。

「それも魔法か?」
「はい」
「……そうか」

 もう驚かないぞ、俺は。
 彼は決意新たに、そういえば、と口を開いた。

「どうして魔法薬なんかを頭から被った? 悪戯をするほど駄犬ではないだろう」
「あの、薬学室で眼鏡の男の人とぶつかってしまって……」
「ああ……それはおそらくトレイ・クローバーだな」
「物凄く心配してくださったから、その、居た堪れなくてすぐに戻ってしまいました」

 放課後に魔法薬学室にいる生徒、しかもその部屋の貸し出しを恒常的に許可しているのはサイエンス部に所属している二年生以上の生徒のみだ。今日は補習者もいなかったはずだから、薬学室を使用できる眼鏡をかけた生徒と言えばハーツラビュル寮の三年生、トレイ・クローバーしかいない。
 しかしまあ、そのトレイが彼女の心配をする理由はクルーウェルにもよくわかった。なんせ魔法薬はとてつもなく不味い。色は綺麗であっても嫌いな食べ物を食べたほうがマシだと思えるくらいには不味いので、大学の研究室やあらゆる企業で味の改良が急がれているのだ。それほどにはよろしくない味の魔法薬を頭から被ったにも関わらず、顔色ひとつ変えずに平気そうにしているナマエは相当な味音痴なのかもしれない。が、クルーウェルは人の味覚に対してとやかく言うつもりはなかった。

「奴も世話焼きだからな。女性に薬をかけてしまって胸が痛んだんだろう」
「でも、わたしがぶつかってしまったんです。ちゃんと謝らないと……どこにいらっしゃるかご存知ですか?」
「今の時間帯なら寮に戻っているだろうな」
「……グレート・セブンの精神に則っているという?」
「ああ。だが、弱々しい仔犬を猛犬たちの中に放り込むのは可哀想だな……そうだ、ハーツラビュルの軽音部の男ならまだ学内に残っているだろう。その男に案内を頼んでやろう」

 キャンキャン吠えるが、悪い奴じゃない。
 そう付け加えたクルーウェルは申し訳なさそうな顔をするナマエの背中を軽く押し、軽音部が使っている教室の一室へと向かった。道すがら、あれはこれはと周囲を見渡しながら質問をしてくる彼女は、ナイトレイブンカレッジの生徒がどこかに落としてきたかわいげというものがある。生徒たちがこれだけ素直だったならば、自身も多少は楽に仕事ができるのだろうか。たらればを考えても無意味ではあるが、常々問題ばかりを起こしている輩に手を焼いているのは事実だ。曲者たちに今さらかわいげを見せられても気色が悪いものの、もう少し扱いやすくなってほしいと願うのは当たり前のことだろう。
 ある教室の前で立ち止まったクルーウェルは、扉を軽くノックをし、ナマエに入るように促した。正面にはブラックボードが一枚、木製の机は壁に沿うようにして並んでいる。
 広々とした教室内にいる男子生徒三人は、いきなり現れた教師と見覚えのない少女を見比べると、ほぼ同時に首を傾げた。

「なになに〜? 女の子? かわいい子と一緒とか、先生マジでどうしたの?」
「珍しいこともあるものじゃな。正真正銘のおなごとな」
「誰だ? 初めて会うな!!」
「ステイだ。そう騒ぐな」

 タイプがまったく違う三人の生徒に押され気味のナマエの前に立ち、溜め息をついたクルーウェルは当初の目的を果たすために赤みのかかった茶髪の青年の名前を呼んだ。

「ダイヤモンド。この仔犬をハーツラビュルに連れていけ」
「え? いやいや、先生ってばいきなりすぎじゃない? オレその子と初めましてなんだけど〜?」
「トレイ・クローバーに会いたいそうだ。しっかり案内してやれよ」
「トレイくんに? なんでまた……って、あ!! そうやって置いてくのよくないって〜!!」

 教室を出ていったクルーウェル、に取り残された四人のうちの三人──ケイト、リリア、カリムはナイトレイブンカレッジの生徒にしては社交的な面子であったため、ナマエが苦手とする初対面特有の気まずさはまったくなかった。
 尤も、四人で自己紹介を済ませ、トレイとのあいだに起きた事件をナマエが説明する頃にはお互いに気が緩んでいたのだが。

「ふーん、じゃあトレイくんとこ連れてけばいいんだよね?」
「お世話になります」
「気にしない気にしない。どうせオレらも帰る頃だったし」
「そうじゃぞ。年上の厚意には存分に甘えるといい」
「なあなあ、ナマエは魔法使えんのか?」

 マシンガンのようにとめどなく話題を振ってくる三人にナマエは視線を右往左往させ、曖昧に笑った。夢にしてはやけに癖が強い男の子たちと出会ってしまったなあ、という感想を抱くのも仕方がなかったのかもしれない。少なくとも、ホグワーツにはこういう少年たちはいなかったように思う。

「不思議な魔力じゃのう。お主は魔女じゃろう。なにゆえこの学園に来た?」

 ナマエと同じ身長ほどのリリアはぼんやりしている彼女と視線を合わせ、鋭い牙を覗かせながら妖しく笑って両目をするりと細めた。

「……そう、ですね。気がついたらここにいました」
「ほう、気がついたら?」

 雑用係として働いていると宣った、自身よりも遥かに年下の少女をリリアが訝しがらないわけがなかった。学生と言って差し支えない年齢の少女がなぜ男子校にいて、いかにして雑用係という役職を得たのか。この場に存在している因果も経緯もわからない、目の前の得体の知れない少女はあまりにも怪しく、そのわりにはあまりにも儚い。

「ちょーっとリリアちゃん? ナマエちゃんが怯えちゃうからさ、そういうのは──」

 やめてあげたら? と、ケイトが宥める前に、ナマエはリリアを見据えた。出自不明の彼女を不審がり、明らかに警戒しているリリアの無言の威圧に怯みもせずに鋭い眼光をその両目に宿らせたのだ。ともすれば、大人でさえも後ずさりしかねない彼の威嚇をものともせずに。

 ほう、なかなかに肝が据わっておる。

 リリアは漏れそうになる笑い声を押し殺し、挑発的な笑みを深めた。
 けれど、死へと向かう終焉の呪文を聞き、最愛の家族を残して死ぬ申し訳なさと命を刻む心臓が止まる瞬間の恐ろしさを体験したナマエにとって、彼のお巫山戯なんてお遊びでしかない。お互いに、本気ではないとわかっているが故の水面下での攻防は、先に音をあげた彼女の一言で終わりを迎えた。

「ミスター・ヴァンルージュ。からかうのはやめてください」
「くふふ、面白い。バレておったか。いやあ、残念残念」
「わたしはただの雑用係です。警戒されても困ります」

 そうじゃったのう、と朗らかに笑うリリアに脱力したケイトと、なにがなんだかよくわかっていないカリムと、肩を竦めたナマエの四人は、寮への扉がある東校舎の奥をめざした。


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