dear dear

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 ああ、院長が来てくれたのか。このごろは運営を任せきりで忙しかっただろうに、申し訳ない。
 しかしちょうどよいとクレスツェンツは思った。懐妊が発覚してから、当たり前のこととはいえ病人を集めた施療院には絶対立ち入ってはならないと厳命されていたので、手紙での報告しか受け取れないのが口惜しいと思っていたところだ。
 皆の様子を聞きたい。医師や僧侶たちは、手伝ってくれる街の人々は、そして親友は、元気にしているだろうか。
 わくわくしながらカーテンが持ち上げられるのを待っていたクレスツェンツは、現れたふたりの顔を見るなり思わず立ち上がっていた。
「……アヒム」
 オーラフの一歩後ろに隠れるようについてきた青年は、さっと顔を赤らめクレスツェンツから目を背けた。
「昨日、僧位を授けたところで。さっそく私の供を頼みました」
 黙ったまま事情を説明しようとしないアヒムに代わり、オーラフがにこやかに答える。
 クレスツェンツは目を丸くしたまま、黒い法衣をまとった友人の頭のてっぺんから爪先までをじろじろと見つめた。
 アヒムが胸に提げている金のひとつ星と十二芒星が連なるペンダントは僧侶の証。
 これまでただの生意気な学生でしかなかった友人に不思議と落ち着いた雰囲気が加わっているのが、クレスツェンツは妙におかしかった。
 ああ、また別れのときが近づいたのだな。
 アヒムは大学院を卒業したら、故郷の導師職を継ぐために帰る。自分が王妃になって少し遠のいた彼との距離が、また遠くなる。
 解っていることではあるけれど。
 一抹の寂しさを呑み込み、クレスツェンツはふたりに椅子を勧めた。
「似合っているよアヒム。オーラフ院長、長らく施療院を任せきりで申し訳ない。今日も忙しかっただろうに」
「何をおっしゃいます、王妃さま。この度は王子さまのご誕生、まことにおめでとうございます。王子さまがお手を離れるほどにご成長遊ばせば、王妃さまは心おきなく施療院の発展に邁進なされるというもの。めでたいことではありませんか。それまでのことと思えば、忙しさもさしたるものではございません」
「まったくその通り。しかしね院長、この息子がまた可愛くて。わたくしの心は施療院からすっかり離れてしまうのではないかと心配だよ。ふたりとも、ぜひ王子の顔を見てくれ」

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