dear dear

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 眠っているから静かに、とクレスツェンツがつけ加え、彼らは席を立った。
 三人でそろりと揺り籠をのぞき込むと――愛らしい緑の瞳を眠たげに覗かせて、クヴェン王子は母と友人たちを見上げていた。
「おや、さっきまで眠っていたのに」
「話し声でお起こしてしまいましたかね」
「陛下と同じ御髪の色ですね」
 大人たちが口々に囁いても王子は動じない。肝が据わっていてよろしい、と誇らしく思いつつ、クレスツェンツはすぐ隣にあった親友の横顔を見た。
 もともと小さくて可愛いものに庇護欲を発揮せずにはいられない彼は、さっそく王子の柔らかい頬に触ってみたそうな顔をしている。
「抱いてみるか?」
「え? いえ、それは……」
 クレスツェンツは祝いに来た貴族たちに王子を自慢こそすれ、触れさせたのは実家の親族とごく親しい友人にだけだった。もちろんその中にはアヒムを数えてもよいと思っている。
「お前が抱いてくれれば、きっとクヴェンもお前のように賢く育つ。ほらほら」
 クレスツェンツは揺り籠から息子を抱き上げ、躊躇う友人に構わず彼の胸に押しつけた。施療院で取り上げた赤子をあやしていたこともあるアヒムは、びっくりしながらも難なく王子を抱える。
 よほど眠たいのか、アヒムの抱き方に不満がないのか、王子も大人しかった。
「御髪も瞳の色もお顔立ちも国王陛下に似ていらっしゃいますが、剛胆なところはきっと王妃さまに似ていらっしゃるのでしょうね」
「いずれこの国の王になるのだもの。それでよいのだよ」
「……クレスツェンツ様」
 久しぶりに名前で呼ばれ、クレスツェンツはどきりとした。弾かれたように顔を上げると、静かに微笑む鮮やかな緑色の瞳が視線を受け止めてくれる。
 その目が少し違和感があるほどに凪いでいたのを、クレスツェンツはいつまでも覚えていた。
「おめでとうございます」
「……ふふ。ありがとう、アヒム」

 多分、彼と話したのはその日が最後だ。

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