dear dear

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 黙って、歩調をそろえゆっくり歩く。
 アヒムはこのまま答えてくれないつもりかな、と思ったころ。
「オーラフ様ほど高尚な理由じゃないんですよ。ただ本当に医学の知識が欲しいだけなんです。クレスツェンツ様はアマリアで育った方だから想像出来ないかも知れませんが、オーラフ様の故郷や、もっと辺境の僕の故郷では、病に罹ると人はあっけなく死にます。具合が悪くなっても、安静にしていることしか出来ない。体力のある者は快復しますが、そうでない者はね……治す方法を知らなさすぎるんです」
 とはいえ医師がまったくいないわけではないんですよ、と付け足すアヒムに、クレスツェンツは返す言葉が見つからなかった。それが彼の当たり前≠ネのかと驚いた。
 クレスツェンツの知る限り、病になれば人は医師や薬を求める。貧乏な者でも、施療院にたどり着くことさえ出来れば最高の治療が受けられる。
 そうして頼れる場所があることがクレスツェンツにとっての当たり前≠セった。
「施療院での治療を見て、大学院での講義を聞いて、ああそれは治せる症状だったんだなと気づくことがたくさんありました。ここは薬も、知識も、人もものも豊かです。王家の学院を選ばせてくれた父や師に感謝しています。分かったことがたくさんある。知っていれば治せるんだ、助けられるんだと」
 アヒムがいつも熱心に薬の処方を調べて、治療の様子を観察して、必死で学ぶ姿をクレスツェンツは思い出した。
「助けたい者が故郷にいるのか……?」
 その必死さの、その意欲のもとはなんなのだろう。
 誰か、大切な人がいるのか? 救いたい人がいるのか? わたしの知らないところに。
 クレスツェンツのわずかな動揺には気づくことなく、アヒムは溜息とともに答えた。
「もう死んでしまいました。僕がずっと幼いころに」
「……そうか」
 誰とは言わなかったが、母親のことだろうか。先ほどちらりと話題にのぼったときにも感じたが、アヒムはあまり詳しい話をしたくないようだ。
「お前が医師として村に戻れば、これから助けられる命も増えるよ」
 安堵してしまった自分やアヒムの思いにいたたまれなくなりながら、クレスツェンツはどうにか笑みを作る。笑いながらも感傷的な気分にさせてしまっただろうかと心配したが、アヒムはもう前を向いていた。

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