天槍アネクドート
ルピナスの迷走(5)
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 その運営にかかる費用は、今のところアマリアにおいてのみ、不抜の母体である教会とクレスツェンツが集めた寄付とで折半して賄っている。治療の中心は医療の心得がある僧侶であり、病人に与える食料や衣料を用意するのも教会。クレスツェンツは、報酬を支払って徐々にそこへ民間医を送り込み、薬と治療に必要な備品の調達を集めた寄付で行っているという具合だ。
 いずれは施療院を完全に教会から切り離し、国庫からおりる資金と寄付に似た形で人々から集めた資金とを併せて運営していきたいのだが、理想はまだまだ遠い。集まる寄付の金額にもむらがあるし、患者達からは一切金品を受け取っていないので、湯水のように使われる薬や綿布などを買い付け、医師達に報酬を支払うのは結構大変だ。
 今のクレスツェンツのやり方では、銅貨一枚足りないだけですべてが噛み合わなくなる。
 かといって、この事業に王后領からの収入をあてるわけにはいかなかった。それでは、いつまで経っても施療院は“誰かの”慈善事業のままだ。“みんな”でこの仕組みを作り上げなくてはならない。“誰かが”――“王妃が”ではなく、“みんなが”この仕組みの土台にならなくてはならない。
 クレスツェンツは、日頃からそう喧伝して寄付を募っている。そしてあらゆる階層の人々が力を出し合い赤痢の収束に貢献したことについては、王からも、貴族院からも、決して小さくはない功績として認められた。
 アヒムが咎めたいことは分かっている。
 足りない銅貨一枚を、クレスツェンツが自分の財布から出しては、意味がないのだ。
「しかしな……」
 それでもクレスツェンツが施療院に集まる者達にケーキを振る舞いたかったのは、
「言い出したのは、お前だぞ!?」
「はい?」
 クレスツェンツが言い返すと、アヒムは心外だとでも言うように片眉を跳ね上げた。
「お前が! あぁぁ名前は忘れたが今月の初め頃に赤痢で運ばれてきた小さな女の子に言っていたんだぞ! 大霊祭までにはよくなるから、そうしたらケーキを食べにおいでと! それで施療院でも振る舞うことにしたのだ。確かに赤痢の対応に予算以上の金を遣ったが、大霊祭は我が国の民にとって欠かせぬ祭り、ケーキもその要素だ。だからなんとしてでも金をひねり出さねばと……」
 苦渋の滲んだクレスツェンツの声は、徐々にすぼんでやがて聞こえなくなった。アヒムはそんな彼女を見つめ、顔をしかめたまま少し考え込んだ後、思い当たることがあったのかますます眉間のしわを深める。
「あれは“教会堂に”と言う意味ですよ。だって普通そうでしょう。ケーキは一度教会堂にみんなで持ち寄ってから配られるものだし。すぐ隣じゃないですか、ここは」
「はぁぁ!?」
「何かおかしいことを言っていますか、僕は」
「お、おか、おかしくは、…………なんだとぉぉぉ!?」
「うわっ!?」
 ぶるぶると震える拳を押さえていたクレスツェンツは、自分がいつのまに友人に襲いかかったのか気がつかなかった。

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