天槍アネクドート
ルピナスの迷走(2)
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 侍女が渋い顔をするのも構わず、彼女は王城にいては絶対に使うことのないエプロンを提げて、ケーキを焼くところから手伝い、手ずから彼らのもとにケーキを運んだ。実に楽しい。
 皿をすべて回収し終え、洗い物も手伝おうと思ったのだが、召使いの真似はいい加減にしてくれと侍女長が煩いので、彼女は不承不承エプロンを脱いで追い出されるまま厨房を後にした。
 今日は一日城を空けるということで何も予定を入れていなかったので、もう帰るのももったいない。帰ったら帰ったで目を通す報告書や臣下からの手紙も大量にクレスツェンツを待っているだろうから、なおのこと。
 侍女を撒いたクレスツェンツは、ふらふらと薬の調合室を覗いた。勘があたり、そこには一人で薬研をこねている友人がいた。
「やあアヒム、ケーキは食べてくれたか? わたくしも作るのを手伝ったのだぞ」
 ご機嫌に任せたまま弾んだそういったクレスツェンツだったが、顔を上げたアヒムの視線はどことなく冷めている。
「ええ、頂きましたよ」
「お前、好物だろう。まだ残っていたから寮に持って帰るといい。包ませるよ」
「ありがとうございます」
 潰し終わった薬草を薬研から瓶に移し、次の薬草を薬研に入れる。その動作同様、彼の反応は淡々としたものだ。クレスツェンツは、何となく面白くなかった。今日は晴れやかな祭りの日。そして皆でご馳走を食べケーキで締めくくり、無事大霊祭は終わりそうだというのに。友人がその喜びに賛同してくれていないような気がする。
「何故そうつまらなさそうな顔をしているのだ」
「王妃さま、ひとつお訊ねしたいのですが」
「うん」
「また最近、大口の寄付が?」
「……え? ど、どうして?」
「……今夏はアマリアでの赤痢の流行が例年よりひどかった」
「そうだな」
「王妃さまは、官民問わず医師も物資も薬も施療院に集約し罹患者の治療にあたるよう指示をなさいました。結果、罹患者数の割に死者は少なかったと思います」
「……ああ」
「あの体制を維持するためには、莫大な資金が必要だったでしょうね?」
 これでもかと言うほどさわやかに微笑んだアヒムは、一方で薬草の詰まっていた瓶をドンと音を立てて乱暴に置いた。
「いやぁ、しかしほら、貴族層や富裕層からも無償の物資提供がたくさんあったし、陛下も随分金銭的に協力して下さったし」
「今日のケーキの材料費は? アマリアの施療院、主院でも支院でも同じことをなさったそうですね。入院している患者数は併せて千人弱いるはずです。しかも医師や手伝いの市民にまでケーキを配るとなったら、一体何人前用意することになりますか? ……赤痢への対応を思えば、とてもこんな余裕があったとは思えません。流行に第二波があれば、冬場に今の規模で施療院を維持することはできないだろうと、院長のオーラフ導師が仰っていましたが」

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