天槍アネクドート
ルピナスの迷走(1)
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「奥さま、どうかお許し下さい、わたくしめにはとてもこんな真似は出来ません……」
 すすり泣く男を睥睨しながら、仕立ては良いながらも地味なドレスをまとった赤毛の女は、イライラと組んだ脚を揺すった。
「そなたが罰せられるようなことはない。なんだ? 職人として心が痛むのか。壊すのではなく、この辺とこの辺の宝石を硝子に付け替えるだけの話ではないか」
 男は作業台の上に置かれたブレスレットを見て、やはりぶるぶると震えながらすすり泣くばかりだった。
 彼は宝飾品を製作する職人だ。自分の作業場はこぢんまりしているが、これでもお貴族様の顧客もいたりする老舗の主人でもある。そこへ突然やってきたこのご婦人は、ブレスレットを差し出してこう言った。
「お前、この宝石をこちらの硝子粒に付け替えることは出来るかね?」
 金に困った貴族が、苦し紛れに宝飾品をばら売りしようとしているのかと思った職人だったが、婦人の差し出したブレスレットを詳しく見て仰天した。
 大粒のシトリンを中央に据え、ダイヤモンドや真珠、水晶に金を惜しみなく使い、それらのビーズをベルト状に編んだ豪奢なブレスレット。それだけでも、彼が扱ったことのないほど高級で目が眩みそうになったが、もっと驚いたのは、シトリンの台座の裏に王家の紋章が彫り込まれていたことだった。
「あっ、こら! 裏を見るでない!」
 職人は一気に青ざめた。何故このご婦人は王家の紋章が入ったアクセサリーを持っているのだろうか。
 国王二度目のご成婚パレードで、国王の隣に座っていた赤毛の若い女性が思い出される。願わくばそれが気のせいであって欲しかったものだが、一度思い浮かんだ可能性はみるみるうちに確信に変わった。
「ち、それを見られたがあえては名乗らんぞ。命が惜しくば何も聞かずにちょちょいっと分解するのだ」
 そして冒頭に戻る。



 クレスツェンツはたっぷりとフリルのついたエプロンを揺らしながら、意気揚々と食器を運んでいた。
 今日は大霊祭の最終日。大霊祭はシヴィロ王国の国教の神々を祀り、秋の収穫や家族の平穏、健康、良縁、商売の成功等々、十三柱いる神々になんでもお願いしてしまう賑やかな行事だ。ハレの日に人々は着飾り、いつもより豪華な料理を用意して酒を飲み、大切な人とともに過ごす。
 この行事に欠かせないのが、卵をたっぷりと使った黄色いケーキだった。子供も大人も、庶民も貴族も食べるお菓子で、由来はさておき、これが無くては大霊祭を終われない。
 今日は施療院で、そのお菓子を振る舞うことが出来た。病が重く、この大霊祭にも帰宅することが叶わない患者、彼らを看病する医師に医女、有志のお手伝いみんなに振る舞うことが出来たので、クレスツェンツは上機嫌だった。

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