天槍アネクドート
二十シピルと親子の話(2)
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「キルルは若いけど人気の職人だからね。よく教えて貰ってワザを盗んでおやり。良いものが作れるならそれだけ良い仕事を持ってきてあげるよ。この子みたいに、太守様の姫君のドレスだって作らせてやろう」
 キルルはいつも通り不機嫌そうな顔をしていたが、さっきまでしかめっ面だったマクダは、にまにまと笑いながらきょとんとしたままのユニカの表情を覗き込んできた。新たな商売道具を発見した笑みだとは、ユニカには分からない。彼女の帽子についている羽根飾りが額を撫でてくるのが、くすぐったいだけだ。
「二十シピルって、どれくらいのお金なんですか?」
 両手に銅貨を握りしめたまま、ユニカは首を傾げた。ユニカが貨幣を手にしたのは今日が初めてだ。村の中では物々交換が主流だし、養父はお金を持っているようだが、あまり使っている所を見たことがない。
「職人の“お手伝い”風情が作ったレースに払うにしちゃあ、高い額だよ」
 マクダは真っ赤な口紅を刷いた唇を尖らせて言う。しかしそれでは、これで何が買えるのか、ユニカには分からない。
「あんたが好きなケーキの材料を買うくらいのお金にはなるわよ。小麦粉と卵とバター、砂糖が一番高いかしらね。ま、街へ遊びに行ってお腹いっぱいお菓子を買えるってところでしょうよ。好きに使っても良いけど、ちゃんと貯めておくことも考えなさいよ」
 それを聞いたユニカの瞳が、ぱぁっと輝く。
「で、この子誰の子なわけ?」
 マクダは腰をかがめてユニカに視線を合わせたまま、こちらも首を傾げた。


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 ブレイ村は、人口二百人弱の小さな村だ。宿屋は無いので、時折ある村への来訪者は、教会堂の隣の宿坊を兼ねた導師の家か、村長の家、村の役員などの家に泊まる。
 マクダは三人の召使いを伴って、教会堂へとやって来た。
「嘘よぉぉ!! あたしと結婚してくれるって言ったじゃないアヒムさん!!」
 夕刻の祈りの途中だったアヒムは、完全に不意を突かれた。突進してきたマクダに後ろから抱きつかれ、祝詞を歌い上げていた彼は受け身も取れずに、顔面から祭壇に倒れ込む。供えてあった花やら真鍮の水瓶が振動で落ちてきて、ゴツン、ガシャン、ガランガランとけたたましい音が続けて響いた。
 マクダはアヒムの背に抱きついたまま、しくしくと泣いている。祭壇に額をくっつけ、アヒムも動けずに、また一つも呻かずに肩を振るわせて痛みを堪えているようだった。
「導師さまのお嫁さんになる人だったの……?」
 ユニカは愕然としながら呟いた。まだアヒムのところで暮らし始めて半年も経たないが、そういう女性がいるとは聞いたことがなかったからだ。
「違うって」
 キルルはにべもなくそれを否定する。
 一方、やっとの事で痛みから立ち直ったアヒムは、どうにか笑顔を貼り付けて振り返った。

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