天槍アネクドート
二十シピルと親子の話(1)
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「マクダ、このレースも買っていってよ」
「ぁん?」
 貴族でもないのに豪奢なドレスで着飾った女商人は、キルルがぞんざいに差し出してきたレースを手に取った。
「なぁにこれ。……やっと紳士もの一着分になるかどうかだねぇ。あんたが作ったのかい?」
「違うわ。こっちの子よ」
 キルルに縫製を依頼していたドレスを受け取りに来て、ついでに彼女が編んだレースも買い付けていこうとしていた服飾品の卸商、マクダは、キルルの半歩後ろでもじもじしながら突っ立っていた影の薄そうな少女を見て、方眉を跳ね上げた。
「誰これ。生んだの?」
「そんなわけないでしょ! 弟子よ」
「弟子ぃ?」
 大口を開けて笑ったマクダは、キルルを押し退け、うつむき加減にしていた少女の顎を掴んだ。力任せに上向かせ、無理矢理自分と目を合わせさせる。びっくりして目を瞠った少女の目は、アイオライトのように深い青色だ。
「あら、なかなか可愛らしいじゃないか。名前は?」
「ユニカ、です……」
「キルルの弟子ねぇ……。いいだろ、買ってあげよう。また来月来るから、その時までに婦人ものの襟と袖口、五着分は作っておきな。でも花柄は流行らないよ。蔦模様にしな。キルルに教えて貰うんだね」
 マクダは召使いを呼びつけ、ユニカが編んだレースを渡し、代わりにじゃらじゃらと音を立てる巾着袋を持って来させた。中には鋳貨が入っているのだろう。
「一着分だし、これくらいかね」
「駄目よ、安すぎるわ。子供の作ったものだと思って舐めないで。どうせあたしの弟子だってユニカの名前を売ってから、デビュー作だとか言って今のレースを高値で売るつもりでしょ」
「売れるかどうかはこの子の腕次第だよ。値がついてから差額を払おう」
「駄目だって言ってるでしょ。あんたの中ではもういくらで売れるか計算が出来てるはずよ。全額とは言わないわ。払うべき額を払うのよ」
「ちっ。仕事持ってきてやってるのは誰だと思ってんだい。これでどうだ」
「駄目。あたしだって他の依頼を受けてもいいのよ。二十シピルは出して」
「……じゃあ二十だよ」
 マクダはもう一度舌打ちしながら、銅貨を十枚、キルルの手に渡した。はらはらしながらそのやり取りを見守っていたユニカに向き直ると、彼女はつんと顎を反らしながら手を出すように促してきた。
 ユニカの両手に、ばらばらと銅貨が落ちてくる。
「あんたが稼いだお金よ。いーい? 大きくなったらあたしみたいに“自立”しなきゃいけないの。自分でお金を稼ぐのよ。今みたいにレースは売れるの。マクダが街から縫製の仕事も持ってきてくれるから、しばらくはあたしの手伝いしながら針仕事を覚えなさいね」

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