天槍アネクドート
二十シピルと親子の話(3)
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「マクダさんですか……こんばんは、ようこそ」
「いつの間に子持ちになっちゃったんだよぉっ! やぁぁん! ファンだったのにーっ!!」
 マクダの向こうにキルルと、そしてユニカが立ち尽くしているのを見つけて、アヒムはなるほどと思った。
「お泊まりですか?」
「ええ! 泊まっていくわよ! 聞きたいことが山とあるわ! もぉぉぉ……」
 胸に擦り寄ってくるマクダをはね除けることも出来ずに、アヒムは苦笑しながら彼女の背を撫でるしかなかった。
 キルルとユニカから、じぃっと見つめられているのを感じながら。



 アヒムとユニカを両隣に座らせ、マクダはキルルの手料理を食べ漁っていた。ついでに酒もぐいぐい飲んでいる。
「子持ちの女と結婚しちゃったのかと思ったら違うんだねぇ。じゃあまだ女房は募集してるでしょう? ねえ?」
 厚焼きのハムを(マクダのために)切っていたユニカは、ちらりと養父たちの方を盗み見た。が、すぐにキルルに頭を掴まれてハムを見つめる羽目になる。
 酔いが回る前は、ユニカの頭を撫でたり、自分の帽子飾りを見せて「こんなのを作ってみなさい。高く売ってきてあげるわ」などと興味のある振りをしていたらしいのだが、徐々に酒が進むとマクダの本性が現れてきたようだ。
 マクダは常にアヒムの肩にしな垂れかかり、法衣の襟から手を差し込んで彼の鎖骨の辺りを撫で回していた。
「あの、マクダさん……?」
「うふふ、なにぃ?」
「手が……」
「あらやだ」
 さすがにアヒムも微笑みを保てていなかった。
 アヒムの襟から手を抜いたマクダだが、その指先はやはり彼から離れることなく、胸元をするすると這い回っている。
「三十路超えた女が気色悪い声出してんじゃないわよ」
「聞こえてるわよキルル。あんただってあと十年もすればあたしの仲間じゃないか。ああ、違ったねぇ。あたしは今晩からブレイ村の導師の奥方。うふふふふ、悪いけど仲間にはなれないわぁ」
 マクダは突然首を伸ばし、油断していたアヒムの耳朶をぱくりと咥えた。滅多に耳にすることのない養父の悲鳴を聞いた気がして、ユニカは再び彼らの方へ視線を向けようとする。しかしやはりキルルに頭を掴まれて止められた。
「ちょっと! いい加減にしなさいよね子供の前で!」
「あらぁ、いいのぉ? じゃあアヒムさんのお部屋に行っちゃうけど……?」

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