天槍アネクドート
さいしょの贈りもの(14)
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 その緊張も昨日ではち切れ、ヘルミーネの心身はようやく悲鳴を上げたのだ。
 医者と召使い達が去った寝室に残り、テオバルトは妻の枕元に座った。
「レモネードを作ってくれるそうだよ。飲めるかい?」
 尋ねながら、ヘルミーネの額に載っていた手拭いを水にくぐらせ、よく絞って戻してやる。こんなことは妹にさえしてやったことがない。それでも、テオバルトはごく自然にヘルミーネにそうしてやりたいと思った。
 その彼女はすっかり気力をなくした瞳にテオバルトを映し、か細い声で申しわけありません、と呟いた。
「謝らなくていいから、早く元気になって。旅行の続きをしよう。あなたが帰りたいなら、アマリアへ帰ってもいいが」
 ヘルミーネはわずかに目を瞠り、首を振る。新婚旅行の初日で引き返そうものなら周囲から何を言われるか分からない。そう考えたのがよく分かる表情で。
 どうやら周りの期待を裏切ることへの恐れは隠せないらしい。それだけヘルミーネがエルツェ家に相応しくあらんと気負っているということだろう。
 ヘルミーネにはそれが出来る、と王は言っていたが、そんな彼女のことを気にかけよ、とも言っていた。
 妻の額から滑り落ちた手拭いを元の場所に戻してやり、そのついでに彼女の唇にそっと口づける。初めてキスしたわけでもないのに、妙にどきどきしながら。
「それじゃあ、山荘に行って二人でのんびり過ごそう。川にも遊びに行こう。ほかにも、あなたの好きなものを知りたいし……」
 もう一度、ただ優しく唇を重ねる。こう何度も口づけられることに慣れていないので、ヘルミーネは火照った顔を背けてしまった。
 この日のテオバルトは今までの人生にないくらい反省していたせいか、旅の目的が定まったせいか、ヘルミーネの様子が相変わらず素っ気なくても、不思議と気にならなかった。
 旅から戻ったら、ヘルミーネを喜ばせるために彼女の一番好きなものをプレゼントしよう。今日はじっと見つめてきてくれない新妻の横顔を眺めつつ、テオバルトはそれだけ考えていた。

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「ミンナ、ちょっとおいで」

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