天槍アネクドート
さいしょの贈りもの(13)
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 テオバルトの手が失意の内にヘルミーネを解放した。
 半ば絶望して肩を落とした彼の視界の隅で、ヘルミーネの手が震えながらドレスのスカートを握りしめる。
 ふとそちらに気をとられた瞬間、ヘルミーネの頬につっと涙が流れた。
 そして、彼女は息を呑むテオバルトに背を向ける。
「ミンナ」
 返事の代わりに、押し殺した嗚咽が聞こえてきた。
 震える肩に触れても払いのけられることはない。テオバルトは恐る恐るヘルミーネの正面に回り、顔を覆って泣いている彼女を胸の中に抱え込む。
「ミンナ、ミンナ、悪かったよ。あなたがそんな思いで嫁いできたとは知らなかったから……」
 テオバルトが気まずさを感じ始めるよりずっと前から、それこそ、婚約が決まった時、初めて顔を合わせた時、婚儀の日から今日までもずっと、三ヶ月どころか何年も。
 自分は望まれて嫁ぐのではない≠ニヘルミーネは思い続けていたのだろう。
 恐らく、テオバルト以上にこの旅行も憂鬱だったに違いない。
 家を離れれば、自分と結ばれることを望んでいなかった夫と過ごすほかないのだから。
「結婚にごねていたのは別に深い意味があるわけじゃないんだ。自分で言うのもなんだが私はわがままだし、十代の頃なんて親の言うことには一度は逆らっておかないと気が済まなかったし、だから、別にあなたが嫌だったというわけではなくて……あなたは我が家の名に恥じない妻になろうとよくやってくれている。それで、その……」
 虚しい言い訳はヘルミーネを泣き止ませることすら出来なかった。
 どうしよう、と思いつつ、暮れなずむ庭に立ち尽くしているわけにはいかなかったので、ひとまず二人は宿の中へ戻った。

 ***

 翌朝、夫婦の旅はいきなり頓挫した。
 ヘルミーネが熱を出して起き上がれなかったためだ。
 宿の者が手配してくれた医者に「お疲れが出ただけでしょう」という診断を下され、テオバルトは人知れず落ち込んだ。
 生家を離れ、王家に列なる家に嫁いだという緊張に加え、夫との関係にも安らげないまま三ヶ月も過ごしていれば疲れて当然だろう。

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