伯爵の憂鬱(24)
ちょっと変わった人だと思うが、そもそも爵位も財産もすべて弟に譲り身一つで仕える主を替えるという行動自体が非常識だ。今さら驚くこともないとエリュゼは気が付いた。
その上、何もかも棄ててくるのだと分かっていながら、ディルクや、もしかしたらエリュゼにも、クリスティアンはまだ何か差し出すつもりでいる。そんなに人に与えるばかりでは彼自身が空っぽになってしまう。
ディルクの言ったことではないが、色々なものを失いもするクリスティアンが、何もなげうつことなく休める家は必要だ。
こぢんまりしているし、母が育てた野菜や祖母が作ったお菓子も食卓に並ぶが、彼がそれを気にしないのならその家がここであってもいい――ような、よくないような。
「まぁ可愛い……!」
最後の最後に自分を頷かせることが出来ないエリュゼの向かいで、クリスティアンが置いていった土産の箱を勝手に開いていたゼスキアが黄色い声をあげた。
彼女は箱の中で麦わらに包まれていた手のひら大の陶器を大事そうに取り出し、遠慮なく蓋を開けて中身に鼻先を寄せる。
「お花の香膏(バーム)ね。これは薔薇かしら? いい香り……」
それはエリュゼが貰ったもののはずなのだが……。
うっとりする母をなんともいえない気持ちで見つめていると、彼女は陶器を箱の中に戻し、自慢するようにエリュゼに見せてきた。
「ご覧なさいエリュゼ。四つあるということは、わたし達もひとつずついただいてよいということかしら?」
麦わらに埋もれた器はゼスキアが言うとおり四つ。器の蓋にはそれぞれ違う花の絵が描かれていた。薔薇、ミモザ、マグノリアと、それからスミレ。どうやら中身は蓋に描かれた花の香りをつけた香膏らしい。
女ばかりの四人家族だと伝えてあったので、クリスティアンはこういうものを選んだのか。
「ええ、どうぞ」
「あらうれしい。すてきなものを選んでくださる方ね、テナ侯爵は」
またクリスティアンの株の値を上昇させた母は、ほかの器も開けて香りを確かめている。そしてまたもや勝手に自分は薔薇、祖母はマグノリア、今日は家にいないディディエンにミモザ、と割り振ってしまった。
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