天槍アネクドート
伯爵の憂鬱(23)
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 その足跡≠ノは玉座の隣の人となることも、この頃は含まれている。
 反発は必ずあるだろう。しかし、ユニカを異分子と見なしてきた貴族達も所詮は貴族。容易ではないが、流れさえ作ってやれば追従してくる者がほとんどのはずだ。
 エリュゼの考えがそこに至ることも初めから織り込み済み。ディルクの口許に浮かんでいる笑みがそう物語っている。
「そういうわけだ。この縁談をどう扱うかは卿とクリスに任せる。ただ、卿にはやはり貴族としての判断も求めたい」
 命令ではないにしても、受け止めざるを得ない王太子の言。よい匂いでエリュゼの心をくすぐってくるものだったので、これは母や祖母を説得されるよりよっぽど堪えた。
 それでも素直に頷くことが出来ずにいると、玄関ホールにディルクの外套を抱えたニルマが現れる。どうやら玄関先に彼らの馬が並んだようだ。
「――それに、家を棄ててくるんだ。クリスにはいい伴侶を得てもらいたい」
 帰り支度が整ったことを悟ったディルクはふらりと移動をはじめ、エリュゼとすれ違う時にそんなことを言った。
「それは、都合のいい=Aですか?」
 数歩の距離をあけてあとを追う。多少の嫌味をこめてその背中に尋ねてみれば、返ってきたのはしみじみとした、友人を想う声だった。
「そこまで卿を低く見てはいないさ。だが、卿ならクリスが傷の手当てもせずに無茶をすることは許さないでくれるだろう。そういう意味でも相性は悪くないと思うんだがな」
 すごく遠回しに「口うるさい」と言われた気はしたが、自分が最初の一言にすっかり満足してしまうのをエリュゼは感じざるを得なかった。
 
* * *

 たいそうな客人達が帰り、応接間のテーブルの上もすっかり片付けて、エリュゼはようやく気を抜いた。
 さっきまでここに王太子がいたと思うと改めてぞっとするが、ひとまずそのことに関する問題は起こらなかったのでよしとする。
 肝心のテナ侯爵との話し合いについても――エリュゼが感じていたもやもや♂消の糸口が、おおむね見つかったといってよいかも知れない。結婚しても爵位を彼に譲らないという選択が果たして可能かどうかは分からないが、彼の人となりはなんとなく理解できた。

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