天槍アネクドート
冷たい夢の続き(10)
[しおりをはさむ]



**********

 よろけて転びそうになるアヒムに手を貸しながら、ハンス以下二十名の村の男達は、煌々と燃える篝火を掲げながら隊列を組み、森の中を進んでいた。連れてきた猟犬がせわしなく辺りを窺っている。夜の森は魔の世界。普通なら、立ち入らない。
 それに、人が住んでいた跡地とはいえ、道はほぼ残っておらず、足許は悪い。張り出した木の根や深い草むらに足を取られながら歩くのは、怪我人には辛いはずだ。しかしアヒムは黙々と先頭を切って歩いていた。
 彼の目がこんなに激しく感情を顕わにしているのを、ハンス達は見たことが無かった。穏やかで賢い、村の宗教を司る若き導師。そう思っていたアヒムが、焦りを隠さず娘を捜し求めている姿には、なぜか親近感が沸く。彼も、普通の親の一人で、ユニカも、普通の娘なのだと。しかし、もともと体調が万全でないだけに、その姿は痛々しい。
「導師、少し止まって休むだけでも違うぞ。水を持ってきてるから飲んでくれ。そんなに慌てても無駄だ」
 木に掴まって肩を上下させるアヒムにそう言うが、彼は振り返りもせずに首を横に振って、また歩き出してしまう。ハンス達は仕方なく彼の背に続いた。
「旧教会堂のステンドグラスには、女神達の姿があったでしょう」
 再び立ち止まってぜいぜいと息をしていたアヒムは、横に並んだハンスにふとそう言った。
「ああ、今の教会堂には無いもんな。ユニカには珍しかったんだな」
 ハンスがそう言うと、アヒムは頷いて歩き始めた。
 シヴィロとウゼロの国教は、多神教である。しかしこの頃は正義と導きを司る最高神を絶対の神とし、それに仕え、各々に力を持っていた十二人の女神達は無実化される傾向にあった。それ故ここ数十年で新しく建てられた教会堂には、女神達の姿は無いのである。
 最高神を祀る夏の大霊祭の折り、“すべての教会堂で祭礼を行う”という決まりに則り、アヒムは現在のブレイ村で祭礼を済ませた後、村の役員達とユニカを伴って、旧教会堂でも小さな祭祀を行った。一度神の祀られた祭壇は、朽ち果てるまで祭壇だからだ。
 その時、ユニカは初めて見る女神達の姿に驚き、感激していた。その中に、自分と同じ名の女神がいるのを見つけて、珍しくはしゃいでいたのをアヒムは思い出している。
(思えば、あの時もユニカに話をするチャンスだったのにな……)
 十番目の女神、ユーニキアが掲げ持つ薫り高い花は万能薬になると言われ、それ故ユーニキアは救療の女神とされていた。医師や薬師を志す者がこの女神に誓いを立てると言う風習は、今でも残っている。『天槍』の力も、教えの上では最高神に集約されたが、元々はすべての女神達が持っていた。
 旧教会堂の絵は古く、そこに描かれるユーニキアは左手に青い花を掲げ、右手に雷を固めて作った神々の槍を持つ原初の姿をしている。
『どうしてわたしはこの女神様からお名前を頂いたのですか?』
 絵を見たユニカはそう尋ねてきた。何と答えたのかは良く覚えていないが、誤魔化した。その時は、彼女の生みの両親がユーニキアの名前をとってつけたことを、質の悪い皮肉だと思っていたからだ。
 もしユニカが女神の事を覚えていたとしたら、そしてその姿を見に教会堂へ来ていたとしたら、それは彼女が、とても多くのことを知ってしまったという証だ。

- 11 -