天槍アネクドート
冷たい夢の続き(9)
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 冬の日暮れはあっと言う間だ。空が青みを帯びてきたら、すぐに太陽が沈み外での活動は難しくなる。
「そうですか……では、撤収の報せを皆さんに」
「分かった」
 村の男は慰めのためにアヒムの背を軽く叩いた。
「おれはもう少し粘ってみる。明日は朝から森を探そう。まだ廃墟が残ってるからな、その中に迷い込んでいるのかも」
 村の北西に広がる若い森は、かつてのブレイ村の跡地だった。もう五十年以上の昔、村の半分を焼く大火事があり、農地として開拓していた現在の場所に、人々は村ごと移住したのだ。森になったかつての村には、焼け残った煉瓦積みの家の残骸や、屋根が崩れ落ちた教会堂も残っており、子供が時折肝試しに遊びに入っている。
「どこにいるにしても、この冷え込みじゃあな」
「しっ。縁起でもないことを言うな。“どちらにせよ”ユニカは連れてもどらにゃならんだろ」
 “どちらにせよ”……生きていても死んでいても。
 立ち去る村人達の声を聞いて、アヒムはぐっと息を止めた。
 自分は、何をこんなに落ち着いているのだろう。
 ユニカはどんな病にもかからず、どんな傷でもすぐに癒えてしまう、まるで不死のような身体の持ち主だ。だが、本当に『不死』なのかは分からない。
 彼女は痛みや恐怖を感じる、それはよく分かっていたつもりだが、彼女にも『死』があるかも知れないと言うことに、アヒムは本当の意味でようやく気づいた。
 川に落ちて溺れ流されていたら、どこかから足を滑らせて頭を打ったら、凍えて眠ってしまえば、ユニカだって死ぬかも知れない。
「ハンスさん!!」
 アヒムは教会堂を出て行こうとしていた男の一人に掴みかかった。もう少し探してみる、と言ってくれた者だ。
「北西の森へは、まだ誰も?」
「あ、ああ。野犬もいるからな、準備してからじゃないと、って」
「森の旧教会堂へ、ユニカを連れて行った事があります。今年の大霊祭の時です。残っていたステンドグラスが綺麗で、また見たいと言っていたんです。向こうの教会にいるかも知れない。今から行きます。ついてきて貰えませんか」
「導師、それは無茶だぜ。日が暮れる。まだ身体も治ってないんだろう? 明日おれたちが見てくるから――」
「お願いします、皆さんを集めて。すぐに。今夜中に、行きます」
 ユニカの血で自分だけが存え、ユニカが死んだりしたら。
 そんなことは、神にも、自分の心にも、赦されるはずがない。

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