天槍アネクドート
冷たい夢の続き(11)
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 それでも、改めて彼女が望む真実について語ろう。そうしたい、そうしたあとに、ただ一緒にいてあげたい。だから、どうか無事でいて。
 アヒムは見えてきた教会堂の朽ちかけた鐘楼を睨み、息を整えようと立ち止まった。もし、中にユニカがいたら、ユニカがいて、この寒さの中でも彼女が無事なら。
 もう元気になった、君のお陰で良くなったのだと、微笑みながら言ってあげなくては。
 まず最初に、ありがとう、と。
「導師、おれたちはここで待っていようか」
 ハンスの申し出に、アヒムは汗を拭いながら頷いた。
 篝火を一つ貰い、凍り付いた土をざくざくと踏みしだいて、扉が朽ち果ててしまった教会堂へ入る。
 屋根が落ちた教会堂の中には、冷たく月光が降り注いでいた。昼間に降った雪がうっすらと残っている。その白く輝く祭壇の前に、小さな娘がうつ伏せに倒れているのを見つけ、アヒムは彼女に駆け寄った。
「ユニカ……?」
 投げ出されていた手に触れて、心臓がぎゅっと縮こまる。冷たい。けれど、柔らかい。
 髪に積もった雪を軽く払い、抱き起こす。篝火に照らされても彼女の肌は唇まで陶器のように白くなり、まつげも凍り付いてしまっている。しかし生きているのだ。アヒムに握られてふにゃりと動く指は、死者の身体にある固さとはまったく違った。
 生きていた、良かった。束の間歓喜に震えた後、アヒムはすぐに自分のコートを脱いでユニカをくるんだ。ユニカのか弱い呼吸と真っ白な肌が、アヒムに冷静さを取り戻させる。
 凍傷も無いようだ、ならばすぐに温めてやらなくては。
「ハンスさん!! 来て下さい、ユニカがいます!」
 大声で叫んだのが聞こえたのか、ユニカはアヒムの腕の中でゆっくりと目を開けた。
「………」
 薄く唇を開いた彼女は、何か言おうとしたまま声に出せず、またすぐに目も唇も閉じてしまう。
「ユニカ、聞こえるかい? ありがとう、君のお陰で、私は元気になったよ」
 ユニカに聞こえるまで何度でも言う。
 ユニカの“特別”に救われた。だからそれは決して悪いものではない。だから、君にも生きていて欲しい。ずっと一緒にいて守るから――。
 アヒムは、目を閉じたままのユニカの額に口づけて、ぎゅっとその身体を抱きしめる。

 硝子に描かれたユーニキアが、月の光に透けた瞳で二人を静かに見下ろしていた。




(20120722)

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