天槍アネクドート
シングル・ピース(13)
[しおりをはさむ]



 そして、まだ一通もその手紙を開封していないのだからさすがにまずいなと思った。
「どこ行くんだよ?」
「部屋に。お茶がはいったら持ってきて」
「……おう」
 普段なら言わないような横柄な台詞も、これだけ目を据わらせていれば聞いて貰えるらしい。たじろぐヘルゲを横目に席を立ち、アヒムは居間を出た。

 さっきは半分寝ぼけていたのもあって気がつかなかったが、ベッドの足許には大きな包みが置いてあった。まだ寝ているユニカを起こさないよう、アヒムはなるべく静かにその封を解いていく。
 中身は箱に詰めた大量の薬草、新しい薬の処方をまとめた書類の束、鉄製の大きな薬研。どれも普通の祝いの品として考えれば首を傾げたくなるものばかりだが、みなアヒムが欲しいと思っていたものである。都にいる師や仲間達はよく分かってくれているなぁと苦笑しながら、それぞれの箱に添えられていた手紙をまとめる。
 中でもひときわ小さな細長い箱二つは、手紙と一緒に机の上まで運んだ。
 この遠慮がちな贈り物は誰からだろう。美しい絹で包まれていたから何となく予感はしていたが、それを一枚剥ぐと、懐かしい文字の書かれたカードがはらりと落ちてきた。
『我が友へ。おめでとう!』
 一言、それしか書いていない。しかし紛れもなくクレスツェンツの字だった。
 まるで彼女がそこにいるかのようにふと微笑み、アヒムは箱を開けた。
 麦わらで大切に包まれていたのは、黒い硝子の軸のペンだ。早朝の白い光を浴びて、黒い硝子の中にはきらきらと金粉が輝いている。
「またこんな高価なものを……」
 お返しができないじゃないか、と呟きつつ、アヒムはペンを手に取った。
 使いやすさを計算し尽くした形と重さなのが、ただ分かる。初めて持ったもののはずなのに、ずっと愛用してきたペンよりも手に馴染む感じがしたほどだ。
 光にすかしてペンを見つめていたが、使ってみたくなってインク壺と日記帳を手元へ引き寄せる。金のペン先を汚すのはちょっと勿体ない気がしたけれど、どうせ使うものだと思い切って真っ黒な壺の中に浸した。
 昨日の分の日記は、もちろんだが書いていなかった。そのページに日付を入れる。やはり、書き心地も完璧だ。
 都に置いてきたものは大きいなと、改めて思う。こんなに、自分のことを理解してくれている人々がいたのに、と。
 クレスツェンツや友人、恩師たちには、早速このペンで手紙を書こう。ついつい暗くなりかけた思考を打ち切り、アヒムはもう一つの箱に手を伸ばした。
 今開けた箱と同じ形をしているが、ということはつまり……。
 開けてみれば、やはりペンが入っていた。アヒムにあてたペンより一回り細くて短い、薄紅色の硝子のペンだった。
 添えられていたカードには『ユニカの分!』と勢いのある字で書かれている。その下には、『ユニカがこのペンでわたしに手紙を書いてくれたら嬉しい』と付け足してあった。

- 59 -