天槍アネクドート
シングル・ピース(12)
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「お前は風邪を引いて寝込んだってことにしてあるからよ、今日は外へ出るなよな」
「……何言ってるんだい、」
 遅くまで酒を飲んでいて寝坊したのだと、正直に謝るべきだ。アヒムはそう言おうとしたが、ヘルゲはアヒムの考え方をよく知っている。故に彼が余計な真似をしないよう、親しく肩を組み、逃げられないようにしてから居間へ引き摺って行った。
「一緒に飲んでた俺たちまで怒られるだろうが」
「仕方ないよ」
「いいんだよ、エリーアスが適当にやってくれる。それよか、ここを片付けなきゃならねぇだろ。なっ?」
 まさかアヒムが二日酔いで寝坊したなどと、村人たちは誰も思うまい。後ろめたさは大いにあったし、エリーアスに礼拝の儀式を恙無く行えるとも考えられなかったが、食べ散らかしたままの食器類を見てアヒムは迷った。
 嘘をつくのは嫌いだが、散らかっているのも嫌いだ。ここを片付けなければ、という思いがむくむくと湧いてくる。
 結局その朝、アヒムは教会堂へ足を運ばなかった。神々を象徴する二つの星が連なったペンダントを握って簡単に祈りを済ませただけで、後は頭痛を堪えながらせっせと居間を片付けた。
 こんなことは後にも先にも一度も無い。
「ああ、緊張した」
 そして食卓の上を拭き終えた頃、どこか得意げな顔をしたエリーアスが戻って来る。
「いや、まずいな。祝詞とかぜんぜん覚えてなかったぜ。あ、アヒム、大丈夫か? 気持ちよさそうにユニカ抱えて寝てたけど」
「……鐘も鳴らせないし祝詞も覚えていないようじゃ、絶対に、私の仕事は譲ってあげないからね」
 自己嫌悪と罪悪感と頭痛に耐えながらぐったりと椅子に腰掛けていたアヒムは、地底から這い上がってきたかのような声で唸った。予想以上に悪い従兄の機嫌におののき、エリーアスはあっという間に青ざめる。
「あー、えと、二日酔いに効く薬草茶あったよな。それ、淹れよう。俺が用意する」
「食器棚の、一番右下の扉」
 暗に「そうしろ」とエリーアスに命じ、アヒムは深いため息をついた。
 ああ本当に、どうかしている。
 ちょっと感傷に浸っただけでこんなことになるなんて。
(知られたら、笑われるな)
 どうせエリーアスが彼女のところへ行ったときに話の種にしてしまうだろうから、心配するだけ無駄だ。確実に笑い種になる。
 そう言えば、エリーアスも明日にはブレイ村を発つだろう。彼はそうゆっくりと、ひとところに留まって過ごせるわけではないのだから、祝いの手紙をくれた人々への返事を急ぎ書いて、彼に預けなくてはならない。

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