天槍アネクドート
シングル・ピース(3)
[しおりをはさむ]



「人の女房だけ駆り出すってのは虫がよすぎるぜ。第一、俺も手伝ってる」
「人参の皮も剥けない奴がよく言うよ。火にかけた鍋見張ってただけだろ」
「お前だってさっきから座ってただけだろうが」
「俺は昼間の内に手柄を立ててるの。な、ユニカ」
 そわそわしながら大人たちの会話を見守っていたユニカは、水を向けられると待ってましたと言わんばかりに大きく頷く。そしてさっきのエリーアスのように、たっと厨房へ走り込んでいった。
「え!? それ持っていくの!? 食後でしょう!?」
「いいの」
「あ、ちょ、ちょっと……」
 再びキルルの怒った声が響く。これは後から機嫌が悪くなるぞ。
 しかしそんな心配よりも、戻ってきたユニカが大皿に載った黄色いケーキを抱えていることにアヒムは驚いた。
「エリーと一緒に焼いたんです」
 卵と砂糖をたっぷり使ったこのケーキは、祭礼のときやおめでたい行事の日に作られる菓子で、アヒムの好物だ。ユニカは以前も、アヒムのためにこれを焼いてくれたことがあった。すっかり作り方を覚えたらしい。
「お祝いだから」
 前回はちょっと失敗してうまく膨らんでいなかったが、今日は見た目にもふわふわしているのが分かる。ユニカは誇らしげに、その大皿をアヒムに差し出した。
「ありがとう」
 にっこり笑って受け取るものの、まさかこのまま食べることは出来ない。後でキルルに切って貰おう。
 アヒムはひとまずそれをテーブルへ置き、ついでに椅子に落ち着くことにした。エリーアスとヘルゲも、にたにた笑いながらそれに倣う。
「ところで、何の『お祝い』なんだい?」
 一番の疑問である。
 葡萄酒の栓を開け、三人分の杯に臙脂色の酒を注ぐエリーアスは、答えるよりも先にその杯を差し出してきた。
 近づけられただけで酔ってしまいそうな強い香気。甘くて爽やかで、上品な香りだ。口をつけなくても上等な酒であることが分かる。
「これは君からの『お祝い』?」
「いや、王妃さまからの」
 酒は弱いのでほとんど飲まない。必然、銘柄や産地にも疎かったが、エリーアスが得意げに見せてきた瓶には葡萄酒の名産地、タールベルク領邦のラベルが貼ってある。
 そんなことよりも、従弟の口から発せられた名前にアヒムはきょとんとした。
「教会からの言伝じゃないけどな、今回は特別に俺が預かってきてやったんだぜ。ほら」
 核心に触れようとしないエリーアスは更に思わせぶりな言葉を連ね、テーブルに置いてあった黒い筒を取り上げて見せた。
 赤いリボンが巻かれ、同じく赤い封蝋でしっかりと閉じられている。封蝋にある紋章は王家の有翼獅子紋。そしてそれを囲む円の縁には小さな文字がびっしりと並んでいた。読めないほど細かな文字だが、なんと書いてあるのかアヒムには分かった。

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