天槍アネクドート
シングル・ピース(2)
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 寒さで林檎のように赤くなった頬を少しでも温めようと、アヒムは手袋を外し、ユニカの顔を両手で包み込む。そうするとお互いに温かい。ユニカが照れくさそうに笑ってくれる。
 その笑顔を見ると、アヒムを待つ間の寒さなど彼女にとっては何でもなかったのだなということが分かった。アヒムが気の毒だなんて思う必要はなかったようだ。
「待っていてくれてありがとう。冷えるから家に入ろう」
 すっかり冷たくなった彼女の手を取り、アヒムは数日ぶりに我が家の扉を開けた。
「あ、来た来た! 帰ってきたぞ!」
 食堂を兼ねた居間を覗くと、テーブルには六人分の食器が並べられていた。その一席に座り、何故か葡萄酒の瓶を抱えていた青年が歓声を上げて立ち上がる。アヒムと同じ顔を子供のように輝かせ、彼は食堂の奥にある厨房へと駆け込んでいった。
「アヒムが帰って来たぜ、開けていいだろ?」
「え? もう? ダメよ、食前にみんなで飲むの」
「アヒムを労うためにも先に開けた方がいいと思うけどな」
「ダメだったら。自分が飲みたいだけじゃない!」
 厨房で言い争う声が聞こえてくる。片方は留守を任せていたキルルで、もう片方は酒瓶を抱えていった従弟のエリーアスだ。
 アヒムは手を繋いだままのユニカを見下ろし、首を傾げた。
「エリーはいつ来たの?」
「昨日。導師さまに、たくさんお土産を持ってきてくれました」
「お土産?」
 ユニカはうきうきしていた。なんだろう、この子がこんなに喜ぶものとは。
 それに、エリーアスの他にも客人がいるらしい。みんな厨房にいるのだろうか。アヒムは鞄を置いて様子を見に行こうと考えたが、彼が行動するよりも早く、杯を持ったエリーアスが戻ってきた。後ろに従えている大柄な男は、これまたアヒムの幼なじみであるヘルゲだ。
「よう、お帰り」
「邪魔してるぜ」
 彼らもユニカに負けず劣らず上機嫌である。もしかしなくもその手に持った葡萄酒と肴のせいだろう。
 あまり酒を嗜まないアヒムはわずかに眉を顰める。
「お酒を飲んで騒ぎたいなら、ヘルゲの家でもよかったんじゃないかい?」
「そうもいかないんだよ。これ、お前のだしさ」
「私の?」
 祭礼のとき以外に飲む酒など置いてあった覚えが無い。エリーアスの言葉の意味が分からず、笑っている友人二人に対してアヒムはむっと口を引き結ぶ。
「そうそう。せっかくだから祝った方がいいと思って。酒だけっていうのもアレだろ。だからキルルが料理を作るの、レーナさんにも手伝って貰うことにしたんだ。そしたらヘルゲがついてきてさ……」

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