天槍のユニカ



青い花園(1)

第5話 青い花園
 

 大きな水音とアルフレートの悲鳴が響いたのはほぼ同時だった。
 橋の上にいた人々が歩みを止め、何ごとかと川を覗きこむ。ディルクはそれを掻き分けてレオノーレとアルフレートの傍へ駆け寄り、呆然と手を伸ばしている妹の隣から川面を見下ろした。
 大きく波打つ水面にユニカの黒髪が広がる。それが吸い込まれるように沈みきるのを見た瞬間、ディルクは上着を脱ぎ捨てて橋から飛び降りていた。


「兄上、どうしよう、殿下と姉上が……!」
 ディルクを制止出来なかったクリスティアンは、内心で舌打ちしつつ周囲に目を走らせる。すると、喚きながらカイにすがりつくアルフレートの向こうで、蒼白になったエリュゼが石橋の欄干に足を掛けたのでぎょっとした。
「何をする気です!」
「ゆ、ユニカ様が、お助けしないと、」
「やめなさい! そんな格好で飛び込んではあなたも溺れるだけだ」
 ささやかな力でクリスティアンの手を振り払おうとする彼女を無理やり橋の縁から引き剥がした時、ディルクに続いて二つの人影が川へ飛び込んだ。ルウェルとアロイスだ。
「二人に任せて、あなたはここにいてください。フィン」
「はっ」
「お前はここで待機、レオノーレ様達を頼む。ラドクとカスパルは舟を借りてお二人とルウェル達を引き上げてくれ。残りは私と来い」
 クリスティアンは泣き出しそうに歪んだ顔のエリュゼをフィンに託し、リヒャルトやディルクが連れていた近衛騎士とともに人混みの中へ紛れていった男を追った。


 川の水は想像以上に冷たかった。
 ユニカの身体はその冷たい川底をゆっくりとたゆたっていた。もがいている様子がないのは気を失っているからか。
 流れは緩やかだったので、ディルクの腕は容易にユニカの身体を捉える。川底を蹴って水面へ上がろうと試みたが、ユニカのドレスがふんだんに水を含んでいて重い。見た目は優雅で可愛いのに、今はしゃれにならないほど邪魔だ。

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