天槍のユニカ



青い花園(2)

 出来るだけ脱がせてみるか、しかしそれまで息が保つか。
 逡巡しながらも水を蹴っていると、離れたところから鈍い水音が伝わってきた。ほどなくして新たに四本の腕がユニカの身体を支える。それでようやく水面へ顔を出すことが出来た。
「水っ、冷たっ!!」
「本当にあり得ないんですが。殿下のお妃候補の護衛はもっと楽な仕事だと思っていましたよ」
 流されているにも関わらず、どこかのんきな悲鳴と溜め息をもらしたのはルウェルとアロイスだ。
「お前達は特に阿呆だと日頃から思ってたが、こういう時には後先考えずに行動してくれて頼もしいな」
「貶してんじゃねぇ、置いて岸まで戻るぞ」
「まぁ、お二人とも俺の大事な絵のモデルですから、助けないわけには」
 ディルクは本気でこの連中を連れてきてよかったと思いつつ、腕に括りつけていた護身用の短剣を袖の中から引き抜いた。
「二人でユニカの身体を支えてくれ。邪魔なものを脱がせる」
「賛成賛成。なんか俺達まで沈みそう」
「こんな形でご婦人の服を脱がせるのはしのびないですけど」
 四人はゆるやかに、しかし確実に湖の方へ流されていたが、橋の近くに停泊していた舟が数艘、事故に気づいて追ってきてくれていた。それも見越して飛び込んだとはいえ、今少し助かる努力が必要だった。
 ディルクは水に潜り、ドレスのガウンの留め具やスカートの紐を短剣で断ち切る。水を吸った布を苦労して剥ぎ取り、いくらも軽くなったユニカを抱えて助けが来るのを待つ。気を失っているユニカが沈まないように浮いているのは存外大変だ。
 そのうち、ディルクは水の匂いの中に濃厚な香りが漂っていることに気づいた。やがて香水をあたりにぶちまけたような強烈な匂いへと変わる。これは――
 嫌な予感とともにぐったりしたユニカの顔を窺うと、額に張り付いた黒髪の間から流れ出た血が彼女の肌を汚していた。
「ユニカ」
 落ちた時に頭をぶつけたのか。出血がひどいのは額だからであろうが、彼女の負傷に気づいたアロイスも顔色を変えた。

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