月が欲しい(22)
村の街道上にある橋であるというのに、少々手狭な橋だった。皆がその橋を渡って行き来する上、馬車はすれ違うことが出来ない幅しかない。古そうな橋だから、恐らく村が大きくなるずっと前から使われていたのだろう。
ようやくユニカ達が橋のたもとへたどり着くと、アルフレートが駆け寄ってきた。
「姉上、魚がいますよ」
そして、嬉々としながらレオノーレのところまでユニカを引っ張っていく。
「見て、ユニカ。いっぱいいるわ」
「食べられる魚かなぁ。美味しそう」
「美味しそう、かしら……」
確かに、川面の下には身体をきらめかせて舞うように泳ぐ魚影がたくさん見て取れた。水が澄んでいるので川底の石さえくっきりと見える。それでいて、川はほんのりと緑がかっていた。
不思議な色だ。透明なのに青緑色。水は流れの先の涙の湖≠ノ集まり、ディルクの瞳のような色を一面に広げて輝いている。
ユニカは無意識のうちに左手を握った。もう、何十回そうしたかわからない。
どうしたらいいのかも分からない。
エリーアスが言っていた。
ディルクはユニカにとって特別なのではないかと。
特別だったらどうすればいいのか。
指先に、掌に、懇願するようなディルクの口づけの感触が残っている。
それに応えたら、どうなるのだろう。
静かな水面を乱す風が吹く。
その時、ふと背中に衝撃を感じた。それはごく軽いものだったが、完全に不意を突かれたユニカは前のめりに体勢を崩した。
そのまま川へ吸い込まれるように上半身が傾き、視界が一回転した時に石橋のどこかに額をぶつける。
レオノーレが右腕を掴んでくれたのが見えた気がしたけれど、一瞬の浮遊感とそれに続く水音も知らないまま、ユニカの視界は真っ暗になった。
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