冷たい夢(24)
彼女のお気に入りのエプロンが徐々に黒っぽく染まっていく。
どうしてかしら、とユニカは首を傾げた。
導師様の服が黒いから? 夜の闇のせい? あの黒い水は何?
アヒムから離れたところではヘルゲが喚きながら床を這い回っていた。濡れた手で頭を掻きむしり、妻の名を呼び、行かないでくれと泣いている。
彼が村人達の影の間を横切る時、その手を濡らしている色がユニカにも見えた。
あれは黒じゃないわ。あれは赤だわ。
導師様の血の色!
ユニカの中で何かが燃え上がった。青白い光が勢いよく膨れ脳裏に満ちた。
ばしんっ と鞭を打つような音が響くと同時に、祭壇にある真鍮の道具類が弾け飛んだ。キルルたちはぎょっとして顔を上げ、迷わずユニカを見た。
「ひ……」
誰かが悲鳴をあげかけるが、這い回るヘルゲを無言で睨むユニカの目に留まることを恐れ、それすら呑み込んでしまう。
鞭を打つような音はアヒムの耳にも届いていた。それは彼がユニカと村人の心に施した封印が解ける音。青白い光――ユニカが生み出した稲妻が祭壇の一部を破壊するのを視界の端に捉え、唇を噛む。
だめだ。止めてあげなくては。
アヒムはやっとの思いで首を動かし、虚ろな瞳でヘルゲの姿を追うユニカの様子をぼやける視界に映した。
「ユニカ……っ」
手を伸ばしたつもりだが、ほんの少し腕が持ち上がっただけだ。掠れた声はユニカにも届いていない。
「アヒム、静かにして、動いちゃだめよ」
キルルが、ユニカに向けて伸ばしたアヒムの手をとり泣きながら訴えてくる。
そんなことは分かっている。でも、
「ユニカ!!」
全身に力を入れて怒鳴ると、ユニカはようやく震えて反応を示した。
こんなふうに叱ったことはない。驚いただろうなと思いながら、アヒムは娘に笑いかける。傷口から血の塊が溢れたのには気がつかなかったことにして。
「いい子だ、落ち着いて。こっちへおいで」
おやすみのキスをする時と同じように優しく呼びかけると、虚ろだったユニカに表情が戻った。小さな娘はくしゃりと顔を歪ませ、アヒムの傍へ這い寄ってくる。
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