天槍のユニカ



冷たい夢(23)

 獣のような瞬発力で起き上がったヘルゲはキルルを引き倒し、傍に落ちていたナイフを再び手に入れ振り上げた。
 そして彼の血走る目は、すぐ傍にユニカがいることに気づく。
 彼はにたりと笑った。掴んでいたキルルの脚を放し、振り上げたナイフの切っ先をユニカに向け変える。
 大きな男の影に包まれた恐怖で、ユニカの視界が真っ白に弾けた。
 きらめく刃が迫る。けれど身体は動かない。
 いやだ、こわい、いたいのは、いやだ!
 ユニカはすべてを拒んできつく目を閉じた。
 そんな彼女の前に滑り込む黒い法衣。優しい香木の匂い。
 はっとしたユニカが目を見開いた途端、どん、と鈍い音がした。
「……っきゃああああ!! アヒム!!」
 ほんのわずかの、けれどもたっぷりと長い沈黙のあと、尻餅をついたまま倒れていたキルルが悲鳴をあげる。
 誰もが、再びその場を支配した静寂に愕然とした。
「ど、し、さま……」
 ユニカはへたり込みながらも、ヘルゲと自分の間に割り込んできた養父の腰にしがみついた。するとヘルゲに寄りかかっていたアヒムは、ゆっくりと振り返って微笑んでくれる。
「ヘルゲ」
 養父はすぐに友人に向き直り、大きな男の肩をそっと抱きしめた。
「すまなかった。もっと強く、君を説得していれば、あの場所に住み続けてはいけないとはっきり言っていれば……。けれど、ユニカは普通の女の子なんだ。ユニカを犠牲にしないでくれ。レーナさんを、一緒に送ろう」
「――嫌だ!」
 ヘルゲはひときわ大きな涙の粒をこぼし、大きくかぶりを振ってアヒムを突き飛ばした。
 その拍子にナイフが抜け落ちる。ぼたぼたと垂れる重い水音、灯りを跳ね返してぬめった輝きを放つ黒い液体、柄までその黒に染まったナイフが転がる音。
 アヒムは呻き声の一つももらさずその場に膝をつく。
 うずくまる彼に、キルルが、村長達が駆け寄る。キルルはエプロンを外して、横たえられたアヒムの腹を押さえつけながら泣き出した。

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