天槍のユニカ



冷たい夢(25)

「どう、し、さ、ま……っ」
 涙でぼろぼろに濡れた頬を撫でてやりたいが、キルルの手を振り払う力が出ない。もどかしく思いながら、アヒムは声を振り絞る。
「君は、普通の子だ。私、の、大切な、」
 言ってあげなくては。大切な娘、可愛い子、愛しているって。
 君には病を治す力も、傷を癒す力も、人を焼き殺す力もない=B
 ただ私の娘だと。
 けれど音も光も遠ざかる。声を出しているつもりだが、それも聞こえなくなっていく。
「アヒム!!」
 目を閉じてしまったアヒムの耳許でキルルが叫んだ。
「うそ、いや! アヒム、しっかりして!!」
「落ち着きなさいキルル! おい、オリエも呼ぶんだ! 誰か布を持ってこい!」
 足音が駆け回る中で、アヒムの胸にすがりついていたキルルはふと黙った。そしてユニカの手許に落ちていたナイフを拾う。
「リドー、ヘルゲを取り押さえてくれ! あいつが導師を刺した!」
 その騒がしい中へ到着した自警団長は、いきなり飛んできた誰かの言葉に素早く反応した。瞬時にヘルゲの姿を捉えた彼は床を這い回る大柄な若者を捕らえるため、警杖を構えてヘルゲに駆け寄る。が、その横を別の影がすり抜ける。
 それがキルルだと分かる前に、リドーはナイフを握った彼女の腕を掴んでいた。男の膂力に捕らわれてなお、その娘は腕を振り回して暴れる。
「放して! ヘルゲがアヒムを刺したのよ! 絶対ゆるさない、同じ目に遭わせてやる、殺してやる!!」
「やめろ! お前が人殺しになってどうする!」
「うるさい!! ヘルゲ! こっちへ来なさいよ、レーナのところへ連れてってやるわ! 殺してやるからここまで来てよ!!」
 キルルの絶叫を聞きながら、ユニカはアヒムの頬にぺたりと手を当てた。彼の前髪がさらりと流れる。
 同じ黒髪だから、本当の親子に見えるかもね。娘が出来たなんて教えていないからきっとびっくりされる。
 いつだったか、彼の知人にユニカを紹介する時、アヒムが悪戯っぽく笑ってそう言ってくれたのを思い出す。

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