天槍のユニカ



冷たい夢(22)

「お、おい!」
 アヒムの前に立ちふさがった義父を突き飛ばし、ヘルゲがナイフを振り上げユニカに手を伸ばす。アヒムはその手を避けようとしない、が、
 ごんっ! と鈍く重い音がした瞬間、ヘルゲは硬直した。そしてゆっくりと崩れ落ちていく。
 予想外の出来事に呆気にとられ、アヒムも村長らも目を瞬かせて倒れたヘルゲの背中を見下ろした。
「まったく、様子が変だと思ったら」
 緊張感が一瞬で抜け落ちた空気の中に、不機嫌そうに響く声があった。一同は祭壇の方を振り返り、薄闇の中に立っているキルルを見つけた。どうやら、彼女も裏口から駆け込んできたらしい。
「ごめんなさいアヒム。あれ、割れてしまったわ」
 彼女が指さす先にはヘルゲの傍で真っ二つになった陶製の壺がある。毎朝毎夕、アヒムが祭壇に捧げる水を汲むための儀式の道具だった。どうやらキルルは、裏口にほど近い祭壇からそれを引っ掴んでヘルゲの頭に投げつけたようだ。
「ナイフが見えたからつい……。アヒムも避けようとしてないんだもの」
「引き付けてからかわして足を引っかけようと思って……でも助かった、ありがとう。それよりキルル、顔が腫れてる。どうした?」
 アヒムはユニカを降ろして燭台を手に取った。そうしてキルルの頬と切れた唇に手を触れる。
「ヘルゲに殴られたのよ。ものすごい形相でユニカを追いかけてるから何があったのか訊こうとしたら、思いっきり。ちょっと気を失ってたんだけど、ユニカが行くとしたらアヒムのところだろうと思って、追いかけて、それで」
 壺を投げたわけだ。
「冷やさないと」
 アヒムに唇を見つめられ、キルルは頬を染めながら顔を反らした。
「あとでいいわ。その前に、ヘルゲを縛っておいた方がいいんじゃない?」
 キルルはそう言ってヘルゲの肩をちょんと蹴る。
 壺の一撃を食らったヘルゲはすっかり沈黙している――はずだった。しかし彼の指がぴくりと動いたかと思うと、次の瞬間、その手はキルルの足首を掴んでいた。
「このアマぁ!」

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